2015年に出版された著書『家族という病』がベストセラーとなった作家の下重暁子さん。何かと美化されがちな家族というものに対し、「家族ほどしんどいものはない」と提起し、私たちに「家族とは何か?」を考えさせてくれた1冊です。その下重さんがこのたび“夫婦”に焦点を当てた新著『夫婦という他人』を刊行。そこで下重さんの結婚観が確立された経緯を伺うとともに、中高年が抱える夫婦の悩みも相談させていただきました。

下重暁子1936年生まれ。早稲田大学を卒業後、アナウンサーとしてNHKに入局。1968年にフリーとなり、民放キャスターを経た後、文筆活動に入る。『家族という病』(幻冬舎新書)、『鋼の女―最後の瞽女・小林ハル』(集英社文庫)など著書多数。最新著書『夫婦という他人』(講談社+α新書)、『極上の孤独』(幻冬舎新書)が話題となっている。

 

10歳で「自分のことは自分で食べさせる」と決意


 作家の下重暁子さんが「自分のことは自分で食べさせていこう」と考え始めたのはわずか10歳のとき。きっかけは、1945年に敗戦を迎えたことだったそうです。

 

「それまで『お国のために』と言われて、言う通りにしてきた結果があれでしたから、大人とは何ていい加減なのだろうと思い知りましてね。私は父も軍人でしたから、とくに『夫に頼らない』という意識を強く持ったのでしょうね。『自分のことは自分で食べさせよう、自分一人の食い扶持なら何とかなる』と心に決めたんです。そこで自分には何が向いているか、少しずつ考えるようになりました。もともと結核を患っていて一人で過ごす時間が多かったこともあって、自分に問いかけることが上手でしてね。それで私は自己表現することが好きでしたから、次第に物書きになりたいと思うようになっていったんです」

 しかし当時は、活字の仕事は男性のもの。新聞や出版を希望したものの女性の採用はまったくありませんでした。そこで下重さんは、女性にも開かれている仕事の中でもっとも活字に近かったアナウンサーの採用試験を受け、NHKに入局したのでした。

「アナウンサーはあくまで原稿を読むことが主で、スクリプト(原稿や台本のこと)を書く専門の人はいたんです。でも私は『物書きになる』という目標に近づくため、できるだけ自分で書かせてもらっていました。すると、次第に私の書いたものが面白いと話題になり、とうとうそれらをまとめて本にしましょう、という話になったんです。それが30代の初めでした」
 

人気アナウンサーの地位を捨て、突然のNHK退職


 その後しばらくして、下重さんはNHKを退職します。売れっ子アナウンサーとなり、仕事がもっとも楽しくなってきた頃。周囲も驚く決断でした。

「だけど私は入社したときから、10年以上はこの会社に居続けないと決めていたんです。たしかに当時、女子アナウンサーという仕事は世間的に格好が良かったですし、続けていれば絶対楽しくなるだろうと思っていました。だから本来の『物書きになる』という目標を忘れてしまわないためにも、最初から10年を区切りにしようと思っていたんです。辞めるときは、迷いはありませんでしたよ。その後は、ごく小さなコラムなど、どんなお仕事でも全部『やります』と受けました。そうして少しずつ本を出版できるようになったのが、ちょうど中高年の皆さんと同じ40代の頃でした」

 物書きになるという目標——。女性には門戸が開かれていないと知った時点で、おそらく諦めてしまう人が大半でしょう。でも下重さんは「とにかく自分を食べさせていくため」と必死でわずかなチャンスを見つけ、そこから道を切り開いていったのです。

「諦めるなんて選択肢はまったくありませんでしたよ。だって子供のときから『自分を食べさせていく』と決めていたんですから。自分が決めたことは絶対守る、人が決めたことは守らない、それが私の信条です(笑)。そして決めた以上は、どんなにしんどくてもやり抜く。そんなに頑張らなくてもラクなほうに……と思ってしまうかもしれませんが、ラクに見える道もいざ進んでみると思うほどラクじゃないものですよ」
 

80歳にしてやっとスタート地点に立てた

 

 下重さんは36歳のときに結婚をしますが、結婚後も独立採算制を取り続けています。そうしてずっと“書く”という仕事を続け、80歳にして初めて著書『家族という病』がベストセラーに。「おかげで何とか、死ぬまで自分一人は食べさせていけそうです」と笑いながらおっしゃっていました。ある意味目標を達成した今、新たな目標を持たれているのかも伺ってみました。

「とんでもない、目標なんてまだちっとも達成できていませんよ。納得がいくものを書く、という目標は……。80歳にして初めて本が売れて、今やっとスタート地点に立てた。それで最近ようやく“元NHKの女子アナウンサー”という肩書きがとれて、作家として見てもらえるようになって嬉しく思っているところなんです。ですからまだまだ。人生は常にスタート。『これでいい』と思うことは、死ぬまでないと思っています。とにかく“今”を一生懸命生きること。私はその積み重ねでやってきて、やっと少しずつ結果が出始めたところなんです。だから今後も、“今”をないがしろにせず生きるのみ。当たり前に感じられるかもしれませんが、それが、82年生きて痛感していることです」
 

 徹底した自立意識を持って生きてこられた下重暁子さん。それゆえ、そのひと言ひと言が重みを持って私たちの胸に響いてきます。
 そんな下重さんに、読者から多く寄せられている家族にまつわるお悩みを相談したところ、ご自身の経験を振り返りながら、その向き合い方について語ってくださいました。後編で公開いたしますので、お楽しみに!

 

『夫婦という他人』
下重暁子 著
¥780(+税) 講談社α新書

結婚しているからこそ、つい相手に寄りかかって甘えてしまう。そんな結婚のワナに陥らず、経済的にも精神的にも自立して生きてきた著者の夫婦観を語った最新刊。「独立採算制の結婚もあっていい」、「子はかすがいのウソ」、「夫婦は二人で一対ではない」など、考えさせられる視点がたくさん。二人でいるのに孤独、と感じている方にはぜひ読んでもらいたい1冊です。


下重暁子さんインタビュー②はこちら>>

(この記事は2018年9月1日時点の情報です)
取材・文/山本奈緒子 
撮影・構成/柳田啓輔(編集部)