良くも悪くも朝ドラに新しい風を吹き込み、朝ドラ人気を不動のものにしたのが、2013年に放送された『あまちゃん』。放送終了後は、“あまロス”に陥る人も続出したほど。しかしそのストーリーは、地味で猫背のヒロインが突如母の地元・岩手で海女になったかと思えば、今度は東京に出てアイドルを目指し……という、かなりハチャメチャなもの。そんな『あまちゃん』がなぜ社会現象にまでなったのか。フリーライターで、『みんなの朝ドラ』(講談社現代新書)の著者である木俣冬さんが分析されています。
 

地味でパッとしない、というリアルな主人公

『あまちゃん』ほど未分化な主人公が描かれた作品は、これまでなかったかもしれない。朝ドラでは主人公を際立たせるための「影」のような存在が登場していたが、『あまちゃん』はむしろ、その「影」に光を当てていた。実際、世の中にはキラキラした主人公よりも、その影にいる人物のほうが断然多いはずだ。
主人公の天野アキは、朝ドラヒロインにしては伏し目がちで、喋り方もたどたどしいうえに猫背。母の春子ですら「地味で暗くて向上心も協調性も存在感も個性も華も無いパッとしない子」と言っており、どちらかというと陰な雰囲気をまとっていた。しかしその飾らなさ、嘘のなさ、懸命さが多くの視聴者の心を強烈に捉え、アキを演じた能年玲奈(現・のん)は一躍大人気となる。

地味でパッとしないアキは、東京から母の地元・岩手県の北三陸市に移り住んだ後も、人気者で器量良しの友人・ユイの影のような存在のままである。しかし運命は皮肉なもので、ユイとアイドルユニットを結成すると、なぜか光は「影」に当たり始め、アキのほうが強く輝いていくようになる。

 

「影」にスポットライトを当てたクドカン


『あまちゃん』は、この光と影の構図をいわゆる紋切り型に描かず、「影武者」という時代劇用語を用いることで、うまく「影」に親しみを持たせている。これは脚本を書いたクドカンこと宮藤官九郎のセンスだ。
前半、その「影武者」の代表として描かれているのが、海女の安部ちゃんだ。彼女はなかなかウニが獲れないアキのために、影武者となってアキのカゴにウニを入れる。この影武者行為は広い目で見てコミュニティをより良く維持するためのものであり、結果的に「いつまでも安部ちゃんに頼るわけにはいかない」とアキを成長させることにもなる。

 そしてもう一つ気づいたのだが、安部ちゃんには、東日本大震災の際、災害と必死で向き合い、良い方向に物事を進めようと戦った多くの名もなき人たちの姿が投影されている。ややもすれば声が大きくて目立つ「光」のような人ばかりが評価されがちな中で、「影武者」は人としての基本である。『あまちゃん』はそうささやきかけているようだ。

 
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