作家 朝井まかてさんに聞く「自分探しの旅には、探していた自分などいない!」_img0
朝井 まかて 1959年、大阪府生まれ。甲南女子大学卒業。2008年に、小説現代長編新人賞奨励賞を『実さえ花さえ』(文庫化にあたり『花競べ 向嶋なずな屋繁盛記』に改題)で受賞しデビュー。’13年に『恋歌』で本屋が選ぶ時代小説大賞、そして’14年には同書で直木賞を受賞。他にも、『阿蘭陀西鶴』で織田作之助賞、『すかたん』で大阪ほんま本大賞、『』で中山義秀文学賞、『福袋』で舟橋聖一文学賞を受賞するなど、今もっとも注目を集める時代小説作家のひとり。今年も勢いはとまらず、『雲上雲下』で中央公論文芸賞を受賞し、さらに『ぬけまいる』がNHKで連続ドラマになり大好評を博している。


昔はイケイケ、今では「こんなはずじゃなかった」とため息ばかりがついて出るアラサー江戸娘3人組。彼女らが、仕事も家庭も放り出し、お伊勢詣りの旅に出るのが、話題のテレビドラマ『ぬけまいる~女三人伊勢参り~』(NHK総合にて放送中)。

「誰だって30歳も過ぎれば、後悔の種をいくつも隠し持っている。それを眺め回して煮詰まるくらいなら、“抜け詣り”すればいいんです」

「抜け詣り」とは、江戸時代に流行った家出のようなもので、周囲の了解を得ぬまま突如伊勢詣りに旅立ってしまうこと。そしてこの「抜け詣り」という言葉に意志を籠め、『ぬけまいる』としたのが、原作者で小説家の朝井まかてさん。
人気作家ゆえ、今では旅する余裕もない朝井さんですが、「何者でもない自分」を持て余していた時期もあったと言います。

小説を書きたい一心で筆を執ったのは、コピーライターとしてのキャリアも順調だった47歳のとき。直木賞受賞後は、複数の連載を抱える中で義母の自宅介護を担うという厳しい状況に直面するも、朝井さんの柔らかな関西弁とまあるい語り口からは、苦労の跡やがむしゃらさは感じられない。

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今回は、そんな朝井さんに、『ぬけまいる』が持つ現代性や、年齢に縛られることなく一歩踏み出す勇気をお聞きしました。

「馬喰町の猪鹿蝶」と呼ばれ、知らぬ者がいないほど界隈の有名人だったお以乃、お志花、お蝶の幼馴染3人組も、いつのまにか三十歳過ぎ。名家に嫁いだものの姑にねちっこくいびられたり、店を繁盛させる商才があっても家族からは腫れ物扱いされたり、はたまたこの歳になっても定職につけずクサクサしたり――。それぞれに事情と鬱屈を抱えたアラサー女子3人が、悩みを振り払うようにして旅に出る。

 

“自分探しの旅”に、探していた自分などいない

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田中麗奈さん、ともさかりえさん、佐藤江梨子さんらが出演、現在絶賛放送中のドラマ原作である『ぬけまいる』が生まれるきっかけとなったのは、朝井先生が文献で見つけた「抜け詣り」という仕組みの面白さだったそう。

「今から急に職場放棄、家庭放棄しても、抜け詣りの目印である柄杓を持ってお伊勢さんに向かえば、一宿一飯くらいは街道筋の家々が恵んでくれる。さらに伊勢から戻ってきても罰があるわけじゃなく、職場復帰もちゃんとできる。社会から寛容さが失われている今だからこそ、かつて存在した“政府(幕府)公認のガス抜きシステム”に面白さを感じたんです」

そして、3人のヒロインがすべてを放ってでも旅立たざるを得ない“のっぴきならなさ”は、大人の女性にとって決して他人事ではないはずです。

「江戸時代の女性はみなさんが思っている以上に闊達で、男性に対しても強かった。『ぬけまいる』はフィクションですが、現代用にチューニングしたりはしていません。それは作為がすぎると思うんでね。私の時代小説を読んで『今と一緒ですね』と言われる方が多いのですが、気付かないだけで、社会やみなさんの心のなかには“江戸時代のしっぽ”がたくさん残っているんです。
そして江戸娘の猪鹿蝶と同じように、我々にも『こんなはずじゃなかった』と感じる瞬間が節目節目でありますよね。そういうとき、物理的に体を違う場所に持っていく。すると嫌でも他者と関わることになる。
実は“探していた自分”なんてものは行った先にもどこにもなくて、旅先で出会う人々との化学反応によってだけ、自分自身のリセットが進むんです。いつもと違う環境に身を置き、その中で誰かのために考えを尽くしたり、得意なことを発見したり、逆に手立てがなくて胸を痛めるだけであっても、気がついたら自分が変わっている。それが人生のギアチェンジになるのではないでしょうか」

 

怖くて怖くて、書き出すことすらできなかった


朝井先生自身の「ギアチェンジ」は、47歳のとき。幼い頃からの夢だった小説を書くと決めたときだったと言います。

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「それまでの25年間はコピーライターをしていて、仕事に困ったことは一度もなかったんです。でも休みの日になるとすっごい上等な原稿用紙を買ってきて、うんうん唸って小説のタイトルだけ考えて終わる、みたいな日々を過ごしていました。ライター仕事も忙しかったし、執筆欲はそれで満たされてしまうところもあって……まあ、自分自身で挑戦しない理由をいろいろつけていたんですね。
でも一念発起して47歳で大阪文学学校に通いだしたときは、もし書いたものがだめだったら、小説を書くという夢をすっぱり諦めようと覚悟を決めていました。だからこそ書くのが怖くて、また踏み出せない。結局は講師の方に『あんたコピーライターで物書きやろ。だったらとっとと書け』と背中を押されて、やっと書き出せたんです。
私にとってリスキーだったのは50歳目前で文学学校に通いだしたことではなくて、だめだったら夢を諦めないといけないかもしれない、自分で自分に引導を渡さなければいけないかもしれない。つまり、夢を諦めることがリスキーだったんです」

むやみやたらにキャリアや年齢に怯えるのではなく、夢と真剣に向き合った結果、挑戦することを決意した朝井さん。

続く11月10日公開の後編では、直木賞受賞後の殺人的スケジュールのなか始まった義母の自宅介護について、また、朝井さんが作家になったことから家事を担うようになったご主人とのお話、そして夢を今すぐかたちにする方法についてもお聞きします。お楽しみに!
 

土曜時代ドラマ
『ぬけまいる ~女三人伊勢参り~』
NHK総合にて毎週土曜日 午後6時5分より放送中

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【出演】:田中麗奈(お蝶) ともさかりえ(お以乃) 佐藤江梨子(お志花) 【主題歌】 竹内まりや「今を生きよう(Seize the Day)」

 

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<書籍紹介>
『ぬけまいる』

著者  朝井 まかて 講談社文庫 770円(税別)

一膳飯屋の娘・お以乃。御家人の妻・お志花。小間物屋の女主人・お蝶。若い頃は「馬喰町の猪鹿蝶」と呼ばれ、界隈で知らぬ者の無かった江戸娘三人組も早や三十路前。それぞれに事情と鬱屈を抱えた三人は、突如、仕事も家庭も放り出し、お伊勢詣りに繰り出した。てんやわんやの、まかて版東海道中膝栗毛!


写真/塩谷哲平
取材・文/小泉なつみ
構成/柳田啓輔

 

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