バリ島のある漁師町での出来事。
朝、散歩をしていたら、蓮の花の咲く池に浸かって鶏を世話している人を見かけました。ちょっと変わった光景ですし、私には「ある予感」がありました。
近づいて写真を撮らせてもらいながら、その男性に尋ねました。
「この鶏はペット?それとも闘う鶏?」
「闘わせるんだ、今日隣村で対戦があるぞ。」
やっぱり!私の予感は当たりました。この鶏は今日の対戦を控えていたのです。
撮りに行きたい!フォトグラファーの血が騒ぎます。早速その場にたむろしていた漁師に交渉して、午後から始まるという闘鶏に連れて行ってもらうことにしました。
隣村までは車でほんの15分ほど、丘を登っていくように走ります。緑のきらめく水田と背の高いヤシの木が立ち並ぶ風景の中を進むと、村のはずれに闘鶏場はありました。入り口にはたくさんのバイクが並び、腹ごしらえにもってこいの串焼き屋も、簡素なジューススタンドもあります。
中に入ると、中央に相撲の土俵ほどの大きさのリングがあり、それを客席が囲みます。昼間なので客席は6割程度しか埋まっていないのですが、人々の熱気と活気で場内はすっかり盛り上がっています。ここまでは連れてきてくれた漁師のワヤンさんは「闘鶏場には普段来ないんだけど、心配だから一緒に行きます。」と会場まで付いてきてくれました、優しい。
対戦を控えた雄鶏たちは持ち主に抱かれてリングに集まっています。入念に手入れされ、撫で回されて、可愛がられて、、、決して大きくはないのですが、キリッと締まった体型、艶やかな毛並みは非常に美しく、このリングで抜群の気品を漂わせています。赤い糸で小さな鎌のような形の刃物を左足の踵にくくりつけられ、一対一の勝負に向かいます。
持ち主が背後に見守る中、一騎打ちが始まりました。場内は叫ぶような声に満ちて、人々の視線はリングで舞い血を流す2羽の雄鶏に集中します。軍鶏にこれほど強い闘争心が備わっているとは、、、双方が相手に飛びかかろうと、羽を大きく広げて羽ばたきます。首の周りの羽が扇のように開いてお互いを威嚇して、まるきり違う鳥に変身したかのようです。一瞬の差で飛びかかられた雄鶏は、一度傷を負うと途端に怖気付いて、どんどん攻撃されていきます。体制を整えようにも羽を開く力が尽きて、ジャッジが勝負の終わりを知らせました。勝負は短くほんの1分ぐらいだったと思います。
負傷した二羽がリングから連れ去られ、端の方に連れて行かれました。次の対戦に備えて撮影のポジションを探って移動したところ、リングの外で少年が鳥の羽をむしっているのが目に入りました。あれは、もしかして、、、そう、さっきまで対戦していた鶏の双方が、あっさりと捌かれ、湯に通されて、肉の塊に変わっていたのです。私は一瞬あっけにとられました。さっきまであれほど華やかにリングの中で舞い上がり闘っていたあの二羽の雄鶏が、肉に変わってしまったのです。(負傷を免れた鶏はこのようなことにはなりません。)
闘う雄鶏たち、なんと潔い生き様なのでしょう。思うがままに可愛がり、闘わせ、その命を終わらせる人間に、肉までも食らわせるとは。格好良すぎるではないですか。
この田舎のリングに集まる輩の生きる活力も命も、雄鶏の血と肉に支えられているのです。憧れ、闘争心、優越感、、、体を剥き出しに血まみれで闘う雄鶏に男たちは何を投影しているのでしょう、闘う雄鶏に熱狂する人間もまた生々しい生き物のひとつ。
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