アメリカ現地時間1月6日にアカデミー賞最大の前哨戦である第76回ゴールデングローブ賞の受賞式が開催された。
毎年、予想を裏切ることがお約束化しているアカデミー賞と比べると、ゴールデングローブ賞は予想通りの結果に終わることが多い。それは映画業界関係者で構成された「映画芸術科学アカデミー」の会員によって選ばれるアカデミー賞に対して、ゴールデングローブ賞はハリウッドを拠点とする外国人ジャーナリストの団体、ハリウッド外国人映画記者協会(HFPA)によって選ばれるから。部外者には窺い知れない「映画業界内の論理」が作用しないため、観客や評論家の評価が素直に反映されるというわけだ。
また作品賞と主演男優・女優賞がドラマ部門とミュージカル・コメディ部門に分けられているのもゴールデングローブ賞の特徴である。
ところがこの部門分けが今回、番狂わせを呼びおこす原因となった。まずは作品賞【ミュージカル・コメディ部門】の候補作リストを見て欲しい(◯は受賞作)。
・『グリーンブック』◯ 3/1日本公開予定
・『クレイジー・リッチ!』
・『女王陛下のお気に入り』2/15日本公開予定
・『メリー・ポピンズ リターンズ』2/1日本公開予定
・『バイス』4/5日本公開予定
この中で純粋にミュージカルもしくはコメディと呼べるのは『クレイジー・リッチ!』と『メリー・ポピンズ リターンズ』だけだ『グリーンブック』は人種差別がテーマのヒューマンドラマ、『女王陛下のお気に入り』は歴史ドラマ、『バイス』は政治ドラマである。なのに、こうした作品がノミネートされているのは、どちらの部門にエントリーするかは製作会社側が決められるからだ。
芸術性が問われる【ドラマ部門】で戦うよりも、「高級なエンタメ作」として【ミュージカル・コメディ部門】で戦った方が賞を取りやすい。そのため製作会社は、少しでも笑いの要素があれば【ミュージカル・コメディ部門】にエントリーする傾向が強い。
『グリーンブック』と『バイス』の二作はこれまでの前哨戦で賞を獲りまくっており、ドラマ部門でも十分戦える作品なのだが、製作会社は安全をみて【ミュージカル・コメディ部門】にエントリーする戦法を選んだのだろう。その結果、『グリーンブック』が見事栄冠を獲得した。
ところが今回、そんな戦法に対抗して奇策を用いる映画会社が現れた。その奇策とは、逆に手薄になった【ドラマ部門】に敢えてエンタメ作をエントリーするというもののだ。その証拠に、作品賞【ドラマ部門】の候補作リストを見て欲しい(◯は受賞作)。
・『ボヘミアン・ラプソディ』◯
・『ブラックパンサー』
・『ブラック・クランズマン』3月日本公開予定
・『ビール・ストリートの恋人たち』2/22日本公開予定
・『アリー/ スター誕生』
この中で本当の意味でドラマと呼べるのは『ビール・ストリートの恋人たち』だけ。『ブラックパンサー』は説明不要のアメコミ映画だし、『ブラック・クランズマン』にはコメディの要素が『グリーンブック』と同じくらいある。『ボヘミアン・ラプソディ』と『アリー/ スター誕生』に至っては、どこから見ても音楽映画、つまりミュージカルだ(その証拠に『アリー/ スター誕生』の前のバージョン『スター誕生』(1976年)は【ミュージカル・コメディ部門】で作品賞、主演女優賞、主演男優賞を獲得している)
そんなかつてなくエンタメ色が強い【ドラマ部門】候補作の中から、作品賞に選ばれたのは『ボヘミアン・ラプソディ』だった。人種的・性的にマイノリティである主人公を丹念に描いたのと同時に、撮影中の大きなトラブルを乗り越えて完成に漕ぎ着き、世界中で大ヒットを記録したことが審査員に高く評価されたのだろう。
実はこの作品、監督のブライアン・シンガーが撮影現場に再三遅刻。感謝祭休暇後には遂に現場に現れなくなり、製作会社から解雇されてしまい、撮影監督によって撮影が続行。最終的に『イーグル・ジャンプ』のデクスター・フレッチャーが仕上げたという「監督不在映画」なのだ。
シンガー自身は、老齢の両親の介護のために現場に戻れなかったと主張しているのだが、シーザー・サンチェス・グズマンという青年から17歳当時の性的暴行を訴えられていることも報じられており、気が動転するあまり職場放棄してしまったのが真相らしい。
こうした撮影の舞台裏に想いを馳せたなら、演技指導を行うべき人が不在という異様な状況下で、今なお熱狂的なファンがいる実在の有名人フレディ・マーキュリーを演じきったラミ・マレックが、【ドラマ部門】主演男優賞を獲得したのは当然のことだと言えるだろう。
そしてマレックをはじめとするキャストやスタッフの頑張りは、「映画業界内の論理」が強い影響力を持つアカデミー賞において、ゴールデングローブ賞以上に高く評価されるのではないだろうか。
というわけで、アメリカ現地時間2月24日に発表されるアカデミー賞作品賞を獲得する映画は『ボヘミアン・ラプソディ』だと予想します! でも予想を裏切るのがアカデミー賞のお約束だからね……。
文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』(洋泉社)、『聴くシネマ×観るロック』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、『文化系のためのヒップホップ入門1&2』(アルテスパブリッシング)など。
文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』(洋泉社)、『聴くシネマ×観るロック』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、『文化系のためのヒップホップ入門1&2』(アルテスパブリッシング)など。
ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。人生で最も強く影響を受けた作品は、テレビドラマ『未成年』。
メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。
ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。
ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。
ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。
ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『僕らは奇跡でできている』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。
映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。