「いだてん」は“スポーツ”+“落語”のドラマという触れこみですが、三話は文学的でもありました。二話に続いて夏目漱石ネタも出てきますし、徳富蘆花の「不如帰」まで出てきました。
「不如帰」に出てくるひどい姑のモデルになった三島和歌子(白石加代子)が憤るエピソードが面白かった。仕込み杖をもってるところは、さすが女傑。白石さんだからこその迫力でした。なんといっても「モデルと言ってもしょせんはつくり話ですから」という台詞が、モデルのあるドラマや映画とモデルとの距離感の問題を思わせます。ちなみに、「いだてん」では、「史実をもとにしたフィクション」という断り書きをわざわざ入れています。
サブタイトルは、大人気天狗倶楽部のリーダー・押川春浪が主筆をつとめた雑誌「冒険世界」(明治41年1月創刊)で、実物もでてきました。
ちょうど、先週、この押川春浪を研究した「快男児 押川春浪」(徳間文庫)という本を書いた横田順彌さんが亡くなったと報道されました。資料を「いだてん」にもご提供されていたとか。押川春浪は「海底軍艦」(これを原作に「ゴジラ」を生んだ本多猪四郎監督と円谷英二特技監督が日本特撮映画の代表作を作ります。いつか、本多、円谷の大河も作ってほしいです)という小説でデビューして冒険小説を書いた作家であり、スポーツにも熱心でした。
さて、この「快男児 押川春浪」には「冒険世界」の創刊の辞が引用されていて、そこにこんな一文を発見しました。「冒険世界は敢て諸君に無謀の冒険を勧めるものに非ず、寧ろ之を制止せんとす、」。あら、「いだてん」の予告では「無謀じゃないと、時代は、前に進めない」「あなたを少し、無謀にさせるかもしれない」と煽っていたのに……と思ったのですが、その続きを読むと、「一旦志を立てゝ事に当らば、険難を恐れず、辛苦に撓まず、奮闘し、活動し、猛進せん事を切望して止まず、(後略)とありました。つまり、大事なのは「志」。
「いだてん」では、四三のお兄さん・実次(中村獅童)が、「えらか人は熱中する才能をばもってるばい」と熱中できることをやるように示唆したり、スヤ(綾瀬はるか)が、「思うように歌えばよかけん」と励ましたりする、思いのまま熱中できることとして描かれます。交通の手段として走っていただけだった四三が、走ることを目的にした競技「マラソン」に出会って、心を動かされます。そして、孝蔵は落語に……。
四三「これといって行きたか学校も やりたかこつも……」
実次「ないのか」
四三「ある」
実次「どっちや!」
これ、昔の宮藤さんだったら「ありますん」(「あります」なのか「ありません」なのか)だったかも(「池袋ウエストゲートパーク」には「死ぬなよ」「死にますん」「どっちだよ」が)。よりたくさんの人に楽しんでもらうスタイルに表現が成熟したといえるでしょう。応用編としては、美川による、「遊ぶ」「遊ばない」「遊びたい」活用もありました。
四三と実次の場面では、弟にだけ上の学校に行かせようとする兄・実次の思いを中村獅童さんがものすごく情感溢れて演じているのも良かった。獅童さんはやせ我慢の美学とか民衆の哀愁が似合います。
四三が出発するとき実次も四三も鼻水垂らして泣いていたのが印象的。途中から大雨が降って来ている感じも生々しい。夏休みの帰省してまた東京に行くとき、スヤが自転車で追いかける場面といい、いわゆるいいバイブスを感じます。
四三が行きたかったのは嘉納治五郎のいる東京高等師範学校。結果は合格。幼少時、嘉納治五郎には抱っこしてもらえなかった四三だが、夏目漱石(ねりお弘晃)には抱っこしてもらったからか、頭が良くなったのでは。などと思わせるところも宮藤作品は豊かなイマジネーションの種に満ちています。
そうそう、押川春浪の弟でプロ野球選手になった人物の名前は「清(きよし)」。峯田和伸演じる「清(せい)さん」と、夏目漱石の「坊っちゃん」の重要キャラ「清(きよ)」と読み方は違うが同じです。……こういうどうでもいいようなことまでもこねこねと楽しめるのが「いだてん」の良さです。45分間、隅々まであんこがたっぷり。
毎週、まんぷくです。あ、それは違うドラマでした。
【データ】
大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』
NHK 総合 日曜よる8時〜
(再放送 NHK 総合 土曜ひる1時5分〜)
脚本:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
演出:井上 剛、西村武五郎、一木正恵、大根仁
制作統括:訓覇 圭、清水拓哉
出演:中村勘九郎、阿部サダヲ、綾瀬はるか、生田斗真、森山未來、役所広司 ほか
第四回 「小便小僧」 演出:一木正恵
第一話のオリンピック選手発掘のための大運動会へーー。
ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『僕らは奇跡でできている』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。
文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』(洋泉社)、『聴くシネマ×観るロック』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、『文化系のためのヒップホップ入門1&2』(アルテスパブリッシング)など。
ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。人生で最も強く影響を受けた作品は、テレビドラマ『未成年』。
メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。
ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。
ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。
ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。
ライター 木俣 冬
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映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。