高原のカフェにとって、GWは夏に並ぶかき入れ時。だけど、満席のお客さまで大忙しだったその日、店の前の道路で、お客さまの愛犬が車に撥ねられるという事故が起こってしまったのだ。

東京から観光にやってきた御家族が、店の駐車場で犬を下ろした途端、リードが外れて道路に飛び出してしまい、やはり観光客の車とぶつかるという不幸な事故。大事な愛犬が撥ねられたご家族も、撥ねてしまったカップルも真っ青でパニック状態だ。

休日でほとんどの動物病院が休診だったため、開いている病院を探すのにも大わらわ。なにせまだ、スマホで検索なんてできない時代だから、電話帳を見てかたっぱしから電話をかけなければければならない。ようやく休日診察している病院を見つけ、私もショックで呆然としているご家族に付き添った。

幸い、わんちゃんの怪我は命にかかわるものではなく、心底ホッとしたが、その事件は私の心に大きなトラウマを残した。

もしもまた、同じようなことが起こったら……と思うと、怖くなってしまったのだ。

 

原則として「リード着用」をお願いしている以上、お客さまの不注意で事故が起こってしまったとしても、店の責任ではないかもしれない。だけど、そもそも犬と飼い主さんの幸せな笑顔が見たくて店を始めた私は、ウチの店に来てくれたお客さんとわんこが不幸になるようなことになったら耐えられない。

一度そう思ってしまうと、次々と不安が頭を擡げてきた。

また事故が起こったらどうしよう?

交通事故だけじゃない。お客さまの犬が、他の犬を噛んで怪我をさせることもあるかもしれない。私が噛まれたことがあるくらいだから、お客さまが噛まれることだってあり得るのだ。

そういえば、デッキでマスターがスズメバチに刺され、病院に駆け込んだことがあった。従業員だったからまだしも、お客さまが刺されていたら、店の責任問題だ。 

理想を夢見る私を襲った、接客の難しさと「経営者責任」の恐怖_img0看板犬のリキ丸と楽しむファンの方々。しかし彼女たちがスズメバチに刺されたら…写真提供/折原みと


飲み物や食べ物を提供している以上、どんなに気をつけていても、食中毒事件が起こらないとも限らない。

喉に食べ物を詰まらせる人がいたら?

階段から落ちる人がいたら?

もし、火事でも出してしまったら……?

店で起こるどんな事故も不祥事も、全てはオーナーである私の責任だ。

私は、その責任の重さに耐えられなくなってしまったのだ。
 

天候や経済危機にも左右される恐怖


店をやっている頃、私は土日や連休の天気が気になって仕方なかった。観光の途中に訪れるお客さまの多い高原のカフェでは、天候によって客の入りが左右される。平日はほとんど集客が見込めないため、土日や連休の天気は売り上げを左右する死活問題なのだ。

飲食店の売り上げを左右する要因は、天候だけではない。景気や大きな災害なども関係してくる。例えば、リーマンショックなどで景気が落ち込めば、別荘や観光にやってくる人は減ってしまうし、東日本大震災のような大災害が起こってしまったら、しばらくの間は、呑気に高原に遊びに来る人はいないだろう。

そういう不測の事態が起こっても耐えられる余裕がなければ、店は簡単に潰れてしまう。経営者は常に、自分ではどうすることもできない天候や災害、社会情勢や景気の動向にも一喜一憂しなければならないのだ。