規則正しい生活が何よりも大事である


続いて、軽症時、重症時どちらにも適用できる療育の基本的内容を紹介しよう。以下は「療育の基本的指導内容」である。ここに掲げた順位は、そのまま優先順位を表している。

1. 健康な生活
2. 療育者との信頼と愛着の形成
3. 遊びを通しての自己表現活動
4. 基本的な身辺自立
5. コミュニケーション能力の確立
6. 集団行動における基本的なルール

「健康な生活」の基本とは養生、つまり早寝早起きを基本としたきちんとした日内リズム、適度な栄養、適度な運動である。この改善だけで著しく行動が落ち着く児童も少なくない。
中でも朝食をとることは、日内リズムの確立において重要である。また間食は子どもにとって重要な栄養源であるので、時間を決め、着席をさせて、皿に取り分けて与えることも基本だろう。

偏食の克服も課題である。最悪の対応は「放置」であり、子どもの食べるものしか出さないという対応は、偏食を強化してしまう。少しずつ食事内容を広げる努力を続ければ、自閉症のように強いこだわりを持つ児童でも、小学校入学前に偏食の克服は可能である者がほとんどだ。

 


夫婦喧嘩は子どもの心に大きな影響を与える


2の「療育者との信頼と愛着の形成」についても補っておきたい。
障害の有無に関わらず、幼児にとって一番必要なのは“安心の提供”である。安心の提供とは何かというと、逆に子どもにとって安心できない環境を考えてみれば答えは得られる。それは言うまでもなく、虐待環境である。
これは直接的な虐待だけでない。夫婦間で深刻な喧嘩が繰り返される状態も、心理的虐待の一種である。多人数のサンプル調査からは、親子関係よりも夫婦関係のほうが子どもの心に大きな影響を与えることが示されているのである。

愛着の形成については、先に述べたように、時間をかけて付き合うことが第一である。とくに過敏症を抱える子の場合は、AV機器による情報はできるだけ避け、人の声と人の肌での育児が基本であると思う。


トイレ、服の着脱など「身辺の課題」は最優先


3の「遊び」は、子どもにとって生活の中心であり、遊びを通してイメージを脳に作る力が発達し対人関係が進んでいくため、優先順位のもっとも高い課題である。
子どもは、最初は自己刺激でしか遊べないが、そこから見立て遊びができるまでに飛躍する。その自己刺激遊びと見立て遊びの間で、大人が遊び道具になってやれば遊べる、という時期が存在する。つまり、自己刺激でしか遊べない子どもに、大人が体を使った遊びを繰り返し接してゆくことで、徐々に見立て遊びのための準備ができるようになるのである。

4の「身辺」の課題は、トイレットトレーニングとスプーンを使えるようになることが最初の課題である。それから服の着脱、清潔習慣に展開していく。これらはだいたい、繰り返し練習する中で身に付いていく。

5の「コミュニケーション」の課題は、まずは言葉の理解が課題となる。その前提となるのが、模倣の能力である。園での指遊びができる、リズム体操の模倣ができるといった模倣は、表象機能(何かを思い浮かべることができる機能)に直結している。とくに「後模倣」といって、その場で即時に模倣するのではなく時間がたってから思い出しながらの模倣ができれば、イメージを作る能力が備わった、という指標となる。
さらに、状況判断ができることもコミュニケーションの基盤となる。状況判断とは、たとえばスモックを見たら登園、買い物袋を見たら買い物の外出、タオルを見たら入浴などと分かって次の行動ができる、というものだ。
遊びや、トイレ、スプーントレーニングといった身辺の課題も、すべて表象機能の前提となる課題である。ゆえに3、4はコミュニケーションの課題より優先順位として上位に位置するのである。

幼児期から基本的な療育に乗って日常生活訓練を積み上げてきた児童の場合、療育を積み上げる機会に恵まれなかった児童と比べたき、小学校に入学する前後に至ると、「同じ診断か」と思われるくらい大きな渣となってくる。自閉症児においても、幼児期は、障害独自の問題にそれほど神経質になる必要はなく、一般的な原則を守るだけで十分に成果があがるのである。
 

 

『発達障害の子どもたち』
杉山登志郎 著 講談社現代新書 ¥760(税別)


ADHD、アスペルガー、学習障害、自閉症などの発達障害。治る子と治らない子の違いはどこにあるのか? 長年に渡って子どもと向き合ってきた児童青年期精神医学の第一人者である杉山医師が、その偏見や誤解を解き、どのように治療やサポートを進めるべきか、やさしく説いた一冊。

文/山本奈緒子

 

・第1回「発達障害は親のせい? 誤解と偏見が改善を遅らせる」はこちら>>
・第2回「1%の子が当てはまる障害「アスペルガー」とは」はこちら>>

 
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