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【鳳凰文様】京都の婚礼事情

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皆さま初めまして。京都で刺繡の仕事をしております長艸歩と申します。 刺繡といっても日本の刺繡、とりわけ京都で伝統的に受け継がれてきた「京繡(きょうぬい)」という分野なのですが、ご存知の方はとても少ないのでは……? この連載では知られざる京繡の美しい世界、そして地元目線の京都の暮らしをご紹介できればと思います。どうぞお付き合いくださいませ。

連載タイトルの「絹鳴り」は絹糸を手で掴むとキュッキュッと聞こえる小さな音のことで、まっさらな雪を踏む音によく似ていると言われています。この連載も絹鳴りのように小さくても心地よいものになるよう努めてまいります。

 

刺繡とはなんですか? 
という漠然とした質問をお受けすることがあります。歴史の話をすると広く深く、小難しくなってしまいますので本質なことを少しお話させてください。ふつう「針で何かを刺す」ってとても怖い行為ですよね。本来「呪い」に近いものです。「針に糸を通して布地に刺す」刺繡も本質的には同じです。

ただ呪いと言っても、古くから刺繡の場合はポジティブなものが多く、我が子や家族の幸せ、神や仏に向けての願いや想いなど、簡単に言うと「祈り」のようなもの。様々なモチーフに祈りを託し、一針ひと針想いを込めて繡っていきます。この考え方はおそらく世界中の刺繡にも共通することと思います。私たちは刺繡をする時、身に纏う方が美しく見えることを考えると同時に、その方の幸せを願った図案やモチーフを選び、祈りを込めて刺繡をしています。

 

これは私どもの婚礼にあたり制作していただいた総刺繡の引き振袖です。優雅に舞う「鳳凰」の意味は「吉祥のしるし」。二人のこれからの幸せと両家の益々の発展への願いが込められております。また、鳳凰の「鳳」は雄、「凰」は雌を指し夫婦円満の象徴とも言われております。
このように美しさと共に祈りを込めたお衣装を基本的にはお誂え(=オートクチュール)で制作するのが私どものお仕事です。この振袖、よく見ると地紋まで「鳳凰菱」になっているんです。その心配りに当時大変驚きました。

 

驚くといえば、京都では昔ながらの婚礼の風習が多く残っており、いわゆる普通の家庭に育った私は驚かされることが度々ありました。例えば、暦をとても大切にするので結婚の報告から結納、婚礼、入籍の日付はすべて暦に従って進みました。面倒臭がりの私たち夫婦には、考え事が減って良かったように思います。

式当日も氏神さまでの挙式の後、新郎新婦と父母だけは直ぐに披露宴会場へ向かわず一旦家へ帰りました。お仏壇の前でご先祖さまに夫婦になったご報告とご挨拶をして、父と母とご先祖さまの前で指輪の交換をいたしました。大勢さまの前から家に戻ってきて、ほんの束の間ホッとしたように記憶しています。

合理的な現代では大変さばかりに目がいきますが、これらもすべて「祈り」を形にしたものですよね。夫婦円満、家内安全、健康長寿、いつまでも美しくいたいし、美味しいものも沢山食べたいし、子どもはすくすく育ってほしい。どんな時代も人の願いは尽きませんが、それぞれの願いや想いを刺繡という美しい実体にして残していきたいと思っております。

PROFILE 長艸 歩(ながくさ あゆむ)

1987年京都市生まれ。芸術大学にて絵画を学び、卒業後は京都の老舗日本茶メーカーで販売や広報として勤務。結婚、出産を機に夫の家業である「長艸繡巧房」にて伝統的な京都の刺繡「京繡(きょうぬい)」を学びはじめる。 現在は3歳と1歳の女の子を育てながら刺繡の技術の習得と、いままで触れる機会のなかったディープな京都文化の吸収に励んでいます。 Instagram(@sica.seka)でも刺繡や文様のことを発信しています。

 

<5月9日 刊行予定!>
『繡えども繡えども』
(仮)

著者 長艸敏明
A24判 192ページ/ 講談社

長艸敏明氏は歩さんの義父。刺繡作家、京繡伝統工芸士である氏の作品集が出版されます。着物や帯のほか、季節ごとのしつらえや婚礼衣装などの祝い着、祭事の修復や復元まで京繡の第一人者である著者の“刺繡の力”を堪能できる100点を掲載。

構成/山本忍(講談社)