長島 『週刊現代』の読者層は“おじさん”を通り越してもはや“おじいさん”だということですが、酒井さんの連載は、そういう方たちにもすっと入りやすい形で女性の生き方や考え方を書いていらっしゃると思います。
酒井 セクハラやパワハラなどのポリティカル・コレクトネス的な感覚は、30〜40年前とはかなり変わってきていますよね。以前、婦人公論の100年分を読み解く仕事をしたのですが、吉行淳之介さんと宮尾登美子さんの対談で、吉行さんが「女の人は夫に殴られると喜ぶものだ」といい、それに対して宮尾さんも「そういうところはありますね」などと否定せずに答えているくだりがあって、驚きました。夫からの暴力が愛情表現の一つととらえられていた時代もあったわけです。そう考えると女性の人権意識は、この数十年で大きく変りました。でも、「セクハラ」が流行語大賞に選ばれたのは平成元年の1989年。そこから30年たってようやく女性がセクハラに対して嫌だと意思表示できるようになったわけですから。意識が変化してから行動が変化するまでには、時間的ギャップがあるように思います。
長島 それでも、友人と喋っていても、ぜんぜん浸透していないなと感じることがあります。
酒井 MeToo運動が盛り上がる一方で、マッチョな人たちのマッチョさが増しているところもありますよね。
長島 男性読者が対象の週刊現代でエッセイを書いていて、そういう難しさを感じたりすることはありますか?
酒井 たぶん週刊現代の読者は誰もあのエッセイを読んでいないと思う(笑)。もしかしたらMeToo運動も全く伝わっていないかもしれません。
長島 淡々と、丁寧な語り口で書かれていますが、知的な笑いも用意されていれば、はっきり言いたいことは言う部分などもあり、そのバランス感覚が本当に素晴らしくて、男性にも伝わりやすいと思います。
酒井 MeToo運動が盛り上がる一方で、「そんなに目くじら立てなくてもいいじゃないか」という意見もあります。でも、そこで当事者である女性が「それもそうですね」と言ってしまうと、時代は意外に簡単に、過去に戻ってしまう。過去の女性の歴史を見ても、時代は前に“進む”だけでなく、“戻る”こともあるから、進み続けようという意識は、持ち続けなくてはいけないのだなと思います。
長島 酒井さんはご自分の中に、フェミニズムの意識があると感じていますか?
酒井 知識としてしっかり持っているわけではないのですが、フェミものは好きなんです。
長島 最近はフェミニズム側の代表(笑)のように駆り出されることも増えたのですが、怖がられたり、身構えられたりすることが多いんです。酒井さんの『次の人、どうぞ!』は、入り口に敷居の高い感じがないし、楽しく読んでいくとフェミニズム的な考え方や生き方が自然と入ってくるところがいいのではないでしょうか。’80年代のテレビ番組がリブの人たちを揶揄することでわたしたちに植えつけた、間違いだらけのフェミニスト像を覆したいものですね。
酒井 あの世代の鋭さを私の世代が引き継いでいないのは、申し訳ない気が……。だから、長島さんみたいなおしゃれな人が発信していくことはすごくいいなと思っているんです。
長島 私、全然おしゃれじゃないですよ!
酒井 鼻にピアスがぶっ刺さってるじゃないですか(笑)。
長島 これはもう、息子も高校生になったことだし、パンク中年になるっていうモデルがひとつあってもいいんじゃないかと思って。せっかくなので、みなさんも一緒にやりませんか?
酒井 色々な意味で風穴を開けよう! ということで(笑)。
<書籍紹介>
『次の人、どうぞ!』
酒井順子 著 ¥1350(税抜) 講談社
週刊現代で15年間続く、人気連載のエッセイ集の第13弾。今回は2017年9月から2018年10月までの連載から50本をまとめたもの。今上天皇自らが退位を決め、平成の歌姫・安室奈美恵がマイクを置いたことなどからも、自分の扉を自分で開けるという時代の流れが感じられたこの1年。酒井さんならではの視点によって切り取られたエッセイから、平成が終わり、新しい時代が始まる今のリアルな姿が伝わってくる。
『背中の記憶』
長島有里枝 著 ¥800(税抜) 講談社
ふと立ち寄った本屋で手にした画集。描かれた女性に、わたしは大好きな祖母の姿を見た。団地で出会った初恋の少年。こしゃくで大好きなおとうと。いつも祖母の家にいたマーニー……。写真家の鋭い目と丁寧な筆致が、鮮やかな過去の情景をよみがえらせる。誰もの感情をゆさぶる第26回講談社エッセイ賞受賞作。
撮影/横山順子
取材・文/吉川明子
構成/川端里恵(編集部)
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