第10話より、美しいストックホルムの風景。
第10回 「真夏の夜の夢」 演出:西村武五郎
あらすじ
韋駄天こと金栗四三(中村勘九郎)と痛快男子・三島弥彦(生田斗真)とコーチ・大森兵蔵(竹野内豊)と妻・安仁子(シャーロット・ケイト・フォックス)はストックホルムに到着。オリンピックまで一ヶ月、四三と弥彦は練習に励む。だが、世界のレベルが果てしなく高く、弥彦が自信を喪失していく。


どうなる「いだてん」


まずはーー大変なことが起こりました。四三に特性の足袋を作ってくれる気のいい職人・播磨屋・黒坂を演じていたピエール瀧さんが、コカイン使用の疑いで逮捕され、「いだてん」11話の放送は通常通りですが、これまで黒坂が出ていた分のオンデマンド配信が停止になりました。16日の10話の再放送では出演シーンがカットになるそうです。いいシーンだったのにもったいない。ほかに、彼が出ていた「あまちゃん」「とと姉ちゃん」「64」なども停止だそうです。
迫真の悪人の演技も目を見張るものがあったピエール瀧さん、そのイメージをいいほうに生かして、「いだてん」「あまちゃん」などでは強面だけど根は優しい役を演じて多くの視聴者に愛されておりました。
優れた作品が世に出る機会が減ることはあってはならないと思いますし、なにより関わった人たちの苦労が水疱と期すのだから、やりきれない話であります。作品に罪はない、とよく言われます。だからこそ、まず、作品ファーストで、飲むなら乗るなじゃないけど、出るならひとに迷惑をかけることには慎重に、と私は思いますが、ひとにはいろいろ事情やお考えがあるでしょうし、難しい問題ですね。

世界は広い、でも意外と狭くもある。それを、四三と弥彦のふたりで描きます。無敗を誇り、輝いてきた弥彦が、大海を知って萎縮していく。母(白石加代子)や兄(小澤征悦)にコンプレックスを感じていたところからして、公に見せているものとは違う、メンタルの弱いところのあった弥彦。ここでもまた、結局注目されているのは四三で、ショック。唯一、写真が載っていると思ったら、四三と間違って使用されていたというエピソードには泣き笑いしました。そういえば、メインで使用されていた、開会式の写真(実際に残っているもの)も四三だけ写っていて、弥彦は旗の影に隠れてしまっていましたっけ。切ない。
一方、四三は、ポルトガルのマラソン代表と知り合って、彼が貧しい大工で電車に乗れないから走っていたと聞き、自分と同じと驚きます。言葉も文化もなにもかも違うけれど、身体表現でコミュニケーションして、足袋(カーペンター・シューズ)をプレゼントするところは、大友良英さんの劇伴も相まって、あったかい気持ちになりますが、ポルトガルは優勝者には国から賞金が出るほどの高待遇に比べて、日本は自腹での参加という相違があって、やっぱり切ない。
 

つらすぎる海外での生活


しかも、監督・大森(竹野内豊)は日に日に具合が悪くなり練習を見てくれず、思い余った四三が寝室に入ると、やつれ果てた姿で愕然……。これもメンタルに悪い。大河ドラマ異例の海外ロケ! このスケール感! と思ったら、切ない展開で不安になったところ、寝室を開けてびっくりネタで笑わせます。安仁子(シャーロット・ケイト・フォックス)が寝室に入ると、なななんと、ベッドに半裸で仰向けになった弥彦の上に、四三がのしかかっていて仰天。
こうでもしないと、じつのところ、日本初のオリンピック参加は切ないことが多すぎて、昭和の志ん生(ビートたけし)と五りん(神木隆之介)たちが笑いをまぶして振り返る体にすることで、ポップにしているのだろうと思います。だって、自腹で長旅して、白夜で眠れず、団長は来ないし、監督も病気で、言葉も通じない、見知らぬ人ばかり。プレッシャーはあるし、つらすぎます。

でも、風景はきれい。大河ドラマでは異例の海外ロケを敢行しているということで、白夜の地・ストックホルムの風景が楽しめます。4K対応番組だからか、熊本といい、ストックホルムといい、広大な自然の風景が目にあざやかです。日々、パソコンに向かってせこせこした生活をしている身としては癒やされます。「岩合光昭の世界ネコ歩き」という猫のドキュメンタリー番組が人気で、私もよく見ていまして、「いだてん」の見方のご提案としては、四三を猫に見立てて、風景の中、無心に走る姿を楽しむというのもありではないかと思います。休息日としての日曜日の夜の過ごし方としては、なかなかいいのではないでしょうか。
 

ショー・マスト・ゴー・オン


三谷幸喜さんが先日、朝日新聞のコラムで「いだてん」について“僕の観たい大河ドラマとはちょっと違うけれど、今一番注目している「連ドラ」であることは間違いない。”と書いていました(「三谷幸喜のありふれた生活」936 宮藤官九郎さんについて 2019年3月7日より)。
三谷さんは劇作家として、「いだてん」について、同じ劇作家の仕事をしっかり見つめています。
最近のドラマは、Twitterの反応を意識して、短い瞬間にたくさんの人が理解して反応できる場面や台詞を考慮したドラマが増えている気がしていますが、「いだてん」は、あとからじわじわくる、すべてが連なって、関わり合って、豊かに進んでいく物語だと感じます。

「つま先立ちで小便するたびに お前らが足の長い西洋人たちに勝てるわけがないと笑われているような気になるよ」(弥彦)
 
身体の違いを便器というものすごく身近な生活用具で表現するところがみごと。便器の高さまでが人間の心を追い詰めていく。耐えられなくて感情を爆発させる弥彦。ここから、前述したベッドシーンを経て、四三と弥彦が気をとり直して練習に励んで、じょじょに日本を背負って闘う気になっていくまでの感情の流れは、「便器が高い」とTwitterに速攻書くことも可能ではありますが、ブツ切りしないでじっくり見たいところです。
そんな弥彦を見つめ、自分の内面も見つめながら、孤独を抱えて、ただ走る、静かに無になっていく四三の姿を、明日の糧にしている人は、います。
いろいろな困難があるなか、ショー・マスト・ゴー・オンで、作り続ける方々を応援します。

【データ】
大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』


NHK 総合 日曜よる8時〜
(再放送 NHK 総合 土曜ひる1時5分〜) 
脚本:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
演出:井上 剛、西村武五郎、一木正恵、大根仁
制作統括:訓覇 圭、清水拓哉
出演:中村勘九郎、阿部サダヲ、綾瀬はるか、生田斗真、森山未來、役所広司 ほか

第11回 「百年の孤独」 演出:西村武五郎

 

ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『僕らは奇跡でできている』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。

構成/榎本明日香、片岡千晶(編集部)

 

著者一覧
 

映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。

文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』(洋泉社)、『聴くシネマ×観るロック』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、『文化系のためのヒップホップ入門12』(アルテスパブリッシング)など。

ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。男性俳優インタビュー集『役者たちの現在地』が発売中。twitter:@fudge_2002

メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。

ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。

ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。

ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。

ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『僕らは奇跡でできている』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。