いよいよ3月21日(木)から世界フィギュア男子シングルがスタートします。ルール改正により、技の完成度がより評価されるようになった今シーズン。王者の冠が最も似合うのははたして誰なのか。その有力候補となるのが、五輪王者の羽生結弦選手、世界王者のネイサン・チェン選手、そして四大陸王者の宇野昌磨選手。この3王者による “三つ巴”が、今大会のキーワードです。

Photo/Kyodo News/Getty Images


五輪王者VS世界王者。平昌五輪以来の直接対決


まず気になるのが、何と言っても羽生結弦選手です。羽生選手のプログラムを見ていて驚かされるのが、SPなら約2分40秒、FSなら約4分という時間が一瞬で過ぎてしまうこと。楽譜をなぞるようにして散りばめられた複雑なつなぎは、見ているだけで息が止まりそうになる濃さ。それを時に軽やかに、時に力強く演じていく羽生選手のパフォーマンスには、人々の時間と心を盗む特別な力があります。

特に今季のFS『Origin』は、羽生選手にとっての永遠の憧れである皇帝エフゲニー・プルシェンコへのトリビュートプログラム。同時にヘランジやハイドロ、イナバウアーなど羽生選手の代名詞と言える技がつめこまれており、その起伏に富んだドラマティックな旋律も相まって、羽生選手の生き様そのものを表現しているようにも見えます。

羽生選手のアスリートとしての武器は、正確無比な技術はもちろんのこと、大一番できちんと真価を発揮できる強靱なメンタリティとピーキング能力。昨年11月のロシア杯で右足首を負傷して以来、実戦から遠ざかってはいますが、常に自己ベストを更新し続けてきた英雄はきっと“史上最強の羽生結弦”として銀盤に帰ってきてくれることでしょう。

そんな王者を追いかける一番手が、現タイトルホルダーであるネイサン・チェン選手です。1月の全米選手権で合計342.22点という驚異的なスコアを弾き出したチェン選手。国内大会ですので、あくまで参考記録ではありますが、SP・FS合わせて3種類計6本の4回転ジャンプをクリーンに成功させたときの爆発力はやはり圧倒的。

さらにジャンパーだけでなく、パフォーマーとしての魅力も十分。SPの『キャラバン』はチェン選手の踊り心が堪能できるプログラムですし、FSの『Land of All』で見せる終盤のコレオシークエンスは、チェン選手らしいクールな切れ味。

唯一死角があるとすれば、シニアに上がって過去2シーズン、いずれもシーズンの大一番となる試合では思うような結果を出せていない点です。このジンクスをはねのけ、チェン選手が会心の演技を決めれば、フィギュアスケートの歴史はまたひとつ更新されることになるでしょう。

1位になりたい。勝利への執念が生むのは覚醒か、それとも…


そんなふたりに割って入るのが、宇野昌磨選手です。今大会で特に注目したいのは、試合に臨む姿勢。もともと並々ならぬ負けず嫌いでありながら、その競争心の矛先は常に自分。順位より自分の納得感を常に大事にしてきた宇野選手。しかし、先月の四大陸選手権を経て、はっきり「1位という結果にこだわりたい」と公言して臨むのが、この世界選手権です。

遡れば、2017年のグランプリファイナル。地元・名古屋でチェン選手と優勝争いに挑むも、わずか0.5点差で宇野選手は敗北。あのときも、落胆のため息が漏れ聞こえる中、宇野選手は「みなさんは残念だったかもしれないけれど、僕は満足している」とコメントし、周囲を驚かせていました。この心優しいスケーターに足りないものがあるとすれば、それは勝利への執念だったのかもしれません。

金メダルへの想いは、宇野選手をさらなる覚醒へと導くのか。あるいは魔物となって牙を剥くのか。優勝争いはもちろん、宇野選手のスケーターとしての歩みを語る上でも欠かせない一戦となりそうです。

恐らく実力通りに滑れば、表彰台はこの3人。しかし、思わぬ番狂わせが起きるのがフィギュアスケートの醍醐味でもあります。4回転時代の火付け役である平昌五輪4位のボーヤジン・ジン選手、昨季世界銅メダリストのミハイル・コリヤダ選手など、魅力的なスケーターは他にもたくさん。先月の四大陸選手権で銅メダルを獲得したヴィンセント・ジョウ選手、羽生選手のリンクメイトでもあるチャ・ジュンファン選手など若手の飛躍も見逃せません。

王者の戴冠が許されるのは、ただひとりだけ。最も美しく、最も苛酷な戦いが、間もなく始まります。

ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。男性俳優インタビュー集『役者たちの現在地』が発売中。twitter:@fudge_2002

構成/榎本明日香、片岡千晶(編集部)

 

著者一覧
 

映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。

文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』(洋泉社)、『聴くシネマ×観るロック』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、『文化系のためのヒップホップ入門12』(アルテスパブリッシング)など。

ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。男性俳優インタビュー集『役者たちの現在地』が発売中。twitter:@fudge_2002

メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。

ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。

ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。

ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。18年に大腸がん発見&共存中。

ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『僕らは奇跡でできている』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。