グローバリゼーションの敗北


現在の状況を過去に照らすなら、1920年代の中盤か後半に近似しているように見える。

世界を再び、戦争と混乱の時代に導きかねない最大の「戦犯」は、ドナルド・トランプだ。この世界一の大馬鹿者は、本人が意識しているかしていないかは別にして、時計の針を、過去の戦争と混乱の時代に逆回ししようとしている。

だが思えば、この「稀代のモンスター」を、舞台中央に登壇させたのは、アメリカ人自身なのだから、やはり歴史の必然というべきだろう。人類の原爆志向がゴジラを誕生させたようなものだ。

その遠因となったのは、グローバリゼーションの敗北である。20世紀末に人類は、半世紀近く続いた「東西冷戦」をようやく終結させた。唯一の超大国となった「勝者」アメリカは、グローバリゼーションの名のもとに、「アメリカン・スタンダード」を世界中に浸透させようとした。

だが、「アメリカン・スタンダード」を基調とするグローバリゼーションは、21世紀に入って、3つの方面からの挫折を余儀なくされた。それはイスラム世界の反発、中国の台頭、そして先進国国内で深刻化する社会の分断である。

20世紀の終わり、1996年に、ハーバード大学教授のサミュエル・ハンチントンは、世界的ベストセラーとなった『文明の衝突』を著し、21世紀の世界が、「キリスト教文明 vs. イスラム教文明」の「衝突の世紀」になると予言した。

この予言は早くも2001年に、「9・11事件」となって的中した。この大事件を受けて、ブッシュJr政権は「中東の民主化」を掲げて、アフガニスタン戦争とイラク戦争を起こした。だが、戦争によって生まれたのは、中東の民主化ではなく、中東の混乱とアメリカへの憎しみだった。

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中国に関しては、アメリカのペンス副大統領自身が、「長年にわたって、いつか中国が民主化すると期待して支援してきたが、そうはならなかった」と認めている(昨年10月4日のハドソン研究所での演説)。

中国は、いまや経済力でアメリカの3分の2、軍事力で3分の1ほどのパワーを持つ「世界ナンバー2」に成長したが、掲げているのは「習近平新時代の中国の特色ある社会主義」である。それどころか、「国家は政治を民主化しなくても経済的繁栄は可能だ」として、「中国模式」(チャイナ・モデル)を、発展途上国の国々に示している。

社会の分断に関しては、その「震源地」が先進国なだけに、より深刻である。

 

前述のハンチントン教授は、死ぬ4年前の2004年に、遺作となった『分断されるアメリカ』を上梓している。母国に対する愛国心満載のこの作品は、アメリカの過去と現在を分析するとともに、21世紀のアメリカを示すキーワードは「分断」であると予見している。

「20世紀が終わったとき、アメリカのエリートと一般大衆のあいだには、その他のアイデンティティにたいするナショナル・アイデンティティの顕著性と、世界におけるアメリカの適切な役割をめぐって大きな食い違いが生じていた。エリートの中の多くは自分たちの国からますます遊離しつつあり、アメリカの大衆は政府にますます幻滅していたのである」(集英社文庫刊同書より引用)

その結果、こう結論づけている。

「国土の安全保障に多くの課題が生まれ、周囲の世界がおおむね非友好的であることに気づけば、アメリカ人にとって自分たちの国の重要性に新たな、異なった段階が生まれる可能性もある」(同前)

慎重な物言いだが、トランプの出現を予見しているかのようである。