映画『かもめ食堂』『彼らが本気で編むときは、』などの名作を手がけたことで知られる映画監督・脚本家の荻上直子さん。6月に初の書き下ろし小説『川っぺりムコリッタ』を刊行されました。表紙を飾っているのは、荻上さんがかねてから「その儚さに惹かれていた」という川内倫子さんの写真。ともに72年生まれで、第一線で活躍しながら40代で出産をした、という共通点の持ち主でもあります。6/29に青山ブックセンターで開催されたトークショーでは、儚いもの、壊れやすいものに光を当ててきたお二人ならではの、仕事観や人生観にまつわるお話がたくさん伺えました。その模様をお届けします。
映画監督・脚本家 荻上直子(おぎがみ なおこ)
1972年2月15日生まれ。千葉県出身。映画監督、脚本家。2001年に自主製作した映画『星ノくん・夢ノくん』がぴあフィルムフェスティバルで音楽賞を受賞。2006年に、小林聡美主演で製作した『かもめ食堂』が大ヒット。新藤兼人賞銀賞、天草映画祭 風の賞など多数の賞を受賞する。他に、ベルリン国際映画祭マンフレート・ザルツゲーバー賞などを受賞した『めがね』、文化庁芸術選奨新人賞を受賞した『トイレット』、ベルリン国際映画祭テディ審査員賞、観客賞を受賞した『彼らが本気で編むときは、』などがある。
写真家 川内倫子(かわうち りんこ)
1972年、滋賀県生まれ。2002年『うたたね』『花火』で第27回木村伊兵衛写真賞を受賞。個展・グループ展は国内外で多数。近作に写真集『Halo』、写真絵本『はじまりのひ』がある。8月16日〜26日までホテルアンテルーム京都、9月11日〜10月20日までアニエスベー ギャラリー ブティックにて写真展を開催。8月10日〜11月4日まで東京都写真美術館での「TOPコレクション イメージを読む」に参加。
川内倫子さんの作品の持つ儚さに惹かれる
荻上 今回、小説を書いたときに「装丁をどうしますか?」と言われて。川内さんのお写真は、被写体が身近にあるものなのにも関わらず、川内さんの手にかかると儚さを持つというか、その儚さが死と直結している感じが好きだったんです。小説の内容が“死と生との境目”みたいなことをテーマにしたものだったので、編集の方に「川内さんにお願いするだけしてみてくれませんか?」と頼んだのですが、快く受けてくださって。ありがとうございます。
荻山監督初の書き下ろし小説は、高校生の時に母親に捨てられ、詐欺で入った刑務所で30歳を迎えた山田が主人公。出所後、川っぺりのアパート「ムコリッタ」でひっそりと住み始めた山田と大家や隣人たちとの交流が描かれます。表紙の写真は、荻上監督が「女の子の写真を」と川内さんにリクエストし、いくつかの候補の中からすぐに「これがいい!」と決定したそう。『川っぺりムコリッタ』荻上直子著(講談社刊)¥1500
川内 荻上さんの作品にはシンパシーを感じる部分がすごく多くて。だから装丁のご提案をいただいて小説を読ませていただいたときは、一晩で一気に読んでしまいました。おっしゃっていただいた“儚さ”もそうですし、自分が作品を撮るときに思っていることが、小説の中の言葉に散りばめられていて、すごくしっくりきました。そういう自然な流れでお引き受けさせてもらえたことが嬉しかったです。
荻上 川内さんの作品を見ていると、「人間の死ってどこにでもあるんだな」とドキッとさせられます。人は歳もとるしいつか死ぬ。そこから目を逸らしたり、見ないようにしたり若さに執着したりするのは違うと思っていて。
川内 やっぱり自分たちは肉体を持っていて壊れやすい存在であって。そこに目を向けることで、逆に自分が照らされるというか。荻上さんの小説も、虐待や孤独死といった辛い部分に目を向けることで自分が見つけられるものもある、ということを感じました。私の作品もそこは変わらないかもしれません。あと、小説のタイトルにもあるように「川っぺり」が好きだっていうところも同じですね。私は今、川縁に住んでるんですけど、一人暮らしの間10年くらい住んでいた家も、子供の頃住んでいた家も川沿いだったんです。
『川が私を受け入れてくれた』川内倫子著(torch press刊)¥2800(税別)
映画を撮れない悔しさから小説を書き始めた
川内 今回小説を書こうと思ったきっかけは何だったんですか?
荻上 もともと脚本を書いていたんですね。で、去年の6月に撮影に入れるということで話が進んでいたんですけど、キャスティングとかが上手くいかなくて延期になってしまって。悔しくて悔しくて3日ぐらい眠れなくて、4日目から小説を書き始めたんです。
川内 なるほど。時として怒りがモチベーションになることはありますよね。
荻上 結果こうして出版できたので、まあいいかなと思うんですけど。
川内 これが映画化されたらいいですよね。
荻上 本当に撮れるといいなと思ってるんですよ。是非、皆さんの力で(笑)。
川内 さまざまな社会問題が作品中に出てきますが、例えば虐待や孤独死を描こうと思ったきっかけは何だったんですか?
荻上 孤独死ってニュースの中だけの話だと思っていたのが、意外と身近なところで起こって。それがきっかけです。
川内 虐待や孤独死って非常にセンシティブな問題だから、取り上げるのって勇気がいりますよね。この小説では、平凡な日常の美しさと、この問題が一つの世界観を持ちながら、私たちの住んでいる社会に自然にある一要素として一続きに描かれている。その違和感のないバランスが素晴らしいなと思いました。
荻上 本当ですか? 良かったです。
川内 荻上さんは映画も、初期の作品から一貫して、すごく生きにくい人たちがたくさん登場しますよね。だけどどの作品も観終わった後、解放感があるのが素晴らしいなあと思っていて。映画って製作段階でたくさんの人が絡んでくるじゃないですか。だから監督が思っていることや個性を出すのって難しいと思うんですけど、こんなに個性がハッキリ出ている作品を作り続けてこられているって、日本の映画界の中でも希有な存在だなと思うんですよね。
荻上 嬉しいです、ありがとうございます。毎回たくさんの人たちとケンカしながら作ってます(笑)。だからなかなか映画を作らせてもらえなくて。その悔しさが、今回の小説になったんですけど。
川内 もったいないですね。映画の世界も予算のことなど難しいのでしょうけれど、もっとたくさん撮ってほしいです。
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