「撮影」が映画をつくる過程で一番好きじゃない


荻上 実は私たち同い年の72年生まれで。うちは7歳の双子の女の子なんですけど、同じく仕事をしながら娘を高齢出産している、という共通の点があるんですよね。川内さんは出産された後、作風が変わったところってあります?

川内 全く変わらないです。年齢的に体力が前よりないのと、家事や育児で時間が限られるから、そこのやり繰りが大変というのはありますけど。ただ娘もやっと3歳にもなりましたし、今まで行きたかった場所にも行けるようにはなってきました。

 

荻上 私は明らかに変わった気がしていて。母目線みたいなものがたくさん入ってきた気がするんです。

川内 たしかに。最新監督作も小さい女の子が出てきますし、今回の小説にも。

荻上 良くも悪くも母っていう存在が入ってきていますね。

川内 けっこう、複雑な環境の中での母と娘が描かれている感じがします。それはご自身を投影されているわけではなくて?

荻上 そんなことは全然なくて、ちゃんと愛されて育ったんですけど(笑)。私は家族というより、撮影のときの自分の保ち方が難しいですね。一人で脚本を書いているときは生活も保たれるし、自分の世界にも入れるので好きなんですよ。だけど撮影になると多くの人が関わってくるので、実は映画を作る行程の中で一番好きじゃないです。

川内 意外ですね。何でそんなに嫌なんですか?

荻上 もともと友達があまりいなくても大丈夫な人間で。人と関わるのが苦手なんでしょうね。撮影中は「あと何日」って毎日考えています。映画監督、向いてないですよね(笑)。

 

川内 映画監督になる時点で、人と会うのはあまり好きじゃないから大丈夫かな、とかは考えていなかったんですか?

荻上 そことは違ったかなあ。脚本を書いたら撮ってみたいなという気持ちになり、さらにすごく上手いカメラマンさんや照明家さんがいると、自分の想像したものよりもさらに上のものが成り立つので、それが面白いなあと思いながらやっていたという感じで……。この20年ぐらい仕事をしてきて、何度かCMの仕事をしたことがあるんです。『かもめ食堂』以来、食品を扱ったCM撮影の依頼があったんですけど、映画の中の料理が美味しそうだったのは、すべて料理のスタイリングを手がけてくださった飯島奈美さんのおかげで私じゃなかった、そのことに依頼した側が気づくんですよ。だからだいたい1回で終わっちゃう……。

川内 あはは!

荻上 あと、CMって撮影前に絵コンテができているから、「この通りに撮ればいいんでしょ?」みたいな姿勢が見えちゃってたからだとも思うんですけど。

川内 わたしも残念ながらCMの撮影依頼は減ってきましたね。私自身はすごくCM撮影は楽しんでるんですけど。でも自分の中で、あんまりCMの仕事をしすぎると危ないなと思ってセーブした時期もあるので。CMのお仕事も楽しいんですが、自分の作品を作ることと、今は家庭もあって、その3つのバランスが取れなくて、少し戸惑っていた時期もありました。

荻上 私、少女漫画原作映画のオファーとかいただくことがあるんですね。でもそこに行ってキラキラ映画を撮ったら戻ってこれない気がして。

川内 すごくわかります。楽しいけど恐怖もある。その恐怖感が出ちゃってるのかもしれないですね。難しいですね、バランスって。


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取材・文/山本奈緒子
撮影・構成/川端里恵(編集部)
 
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