問題の出典がないのはなぜか
通常、人間は、様々な文脈の中で意味を理解する。おそらく、この文章も、何かの文脈の中で書かれているはずなのだ。文脈から切り離された短文を理解できるのは、先に掲げた、それに慣れている子供たちだけだ。
ただ新井先生は〈この問題の出典は、中学の英語の教科書に出てくる「Alex(アレックス)」の註に出てくる文章なのですが、この註はつけても意味があるとは言えません。読んでも理解しない生徒が過半数だからです〉と言い切っている。
不思議なことに、『教科書が』には、この問題の出典が書いていない。ネットで調べてみると、おそらくこの本の元になっている新井先生の「AIが大学入試を突破する時代に求められる人材育成」(2016年6月)という資料では出典が明記されていた。開隆堂出版の中学英語教科書『Sunshine English Course 3(中3)』である。まず、ここで賢明な読者なら「なんだ」と思うだろう。中学三年生の教科書なのだから、中一、中二の正答率が低いのは仕方ないではないか。
原文と文章が違っている!
さてさらに、この教科書を取り寄せてみると意外なことが解った。たしかに、この文章は「Alex」に関する註なのだが、それは巻末の単語集についているものだった。そして驚くべきことに、文章自体が原文と違ったのだ。本来の文章は以下のようになっている。
〈Alexは男性にも女性にも使われる名前で、ここでは女性の名Alexandraの愛称ですが、男性の名Alexanderの愛称でもあります〉
著作権法上は、引用ならば、原文のまま出典を明記して書かなければならないし、改変したならば、その改変点を明記する必要がある。RSTでは、もっとも重要な「ここでは」を意図的に省いて問題文に使っている。『教科書が』では、〈各社が快く著作物の利用を認めてくださいました〉となっているが、教科書会社はこの改変も知って、さらに自社の教科書が批判されていることも承知の上で「快く」利用を認めたのだろうか。私にはそうは思えない。なぜなら、その「ここでは」は何を指すかというと、教科書本文では、
Whoʼs that girl?
Thatʼs Alexandra.
A...Ale...?
Alexandra. We usually call her Alex.
となっているからだ。なんと、この「註」は、そもそも英語における「愛称」を説明する文章を補完するためのもので、この文脈で先の設問を作れば、ほとんどの子供は間違いなく正答にたどり着けるはずなのだ。
念のため書いておくが、だからといってRSTのこの問題の正答率が低かったということ自体が虚偽だと言っているわけではない。
ただし、少なくとも、〈この問題の出典は、中学の英語の教科書に出てくる「Alex(アレックス)」の註に出てくる文章なのですが、この註はつけても意味があるとは言えません〉という文章は不誠実だろう。だって現実には、そのような「註」はついていないのだし、原文とは「文脈」がまったく違うのだから。
もちろん新井先生ほどの方が、単に読者を煽るために、このような不誠実な文章を意図的に書いたとは思えない。RSTの作問はチームで行っているようだから、おそらく新井先生は、問題作成にあたって教科書からの引用を改変したこと、またその改変が本文との関係に関わる重要な部分であったことを知らされずに、『教科書が』を執筆したのだろう。要するに、新井先生は、子供たちが教科書を「読めない」ことを問題にしてきたわけだが、実は先生御自身が、教科書を「読んでいなかった」ということなのだと思う。
(つづく)
前回記事「「子どもの文章読解能力が危機的」になった本当の理由」はこちら>>
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