「東京でやることを望んでいる」のは誰なのか


だからいわんこっちゃない……という展開の、東京オリンピック「マラソンと競歩だけ北海道でやる騒動」。インド人に「インドより暑い」、アフリカの方に「アフリカより暑い」と言わしめるーーまあ多少は引き算するにしてもーー世界的な大都市としては、世界屈指のむんむんの暑さを誇る東京の夏。NHKの天気予報では毎日のように「熱中症ぼうや」(って言うらしい)が紫色の顔でヘロヘロになり、森田さんとか斉田さんとか森さんとかが「外での運動はしないで」と注意喚起する東京の夏。生きているだけで死にそうなのに、そこで2時間走りっぱなしのマラソンをやるとか、狂気の沙汰としか思えません。

 

小池知事が「東京の人の8割は東京でやることを望んでいる」とか言っているけど、ホンマかいな。この展開に対してぼんやり聞こえてくるチケット当選者の声が、「そういうこと勝手に決めるな!」「金払って北海道行けってのか、勘弁しろ!」みたいな怒気より、「どうしたもんか……」という戸惑いなのは、「確かにあの暑さで42.195km走ったら誰か死んでもおかしくない」とどこかでわかってるからではないかしら。

 

いやいや、五輪が東京に決まった時点で、政治家も広告代理店も、「強権発動」したIOCもわかっていたはず。わかっていてアスリートじゃない何か(ってか金でしょうけど)を優先して、東京に決めたはず。ここにきてIOCがそういう風に言い出したのは、ただ日本より「アスリートより金が優先なのかよ」っていう「圧」を、強く感じているからじゃないかと思います。

台風の被害で日本全国が被災地だらけになっている中で、追加予算とかマジで勘弁してよと思うし、だからといって灼熱でアスリートに無理を強いたくもないし。個人的な気持ちとしては今からでもオリンピックなんてやめちゃえよと思いますが、こうした「国民に気づかれたくないこと」が、その台風被害のニュースによって隠ぺいされ、うやむやにされかかっている、もはや史上最悪の冗談のような事態です。


「与えられた環境で頑張る」が正義か


この展開への反応で、あまりに日本的だなあと思うものが2つあります。
ひとつは政治家を含む日本の関係者たちが「選手たちはみんな東京で走りたがってる」と、さも「アスリート・ファースト」であるかのように言うこと。ええそうなんでしょう、日本の選手はそう言うだろうと思いますよ。だってこの世界屈指の暑さを体験したことがある、想像できる、もしくはその中で走ったことある、すでに調整しているという点で、きっと最も有利だから。夢のメダルに近づけるから。その意味での「アスリートの気持ちを最優先」であるなら、つまりこれは「日本人アスリート・ファースト」。でも「世界のアスリートファースト」じゃない。オリンピックは世界数十か国のアスリートが走るわけで、IOCが意識する「圧」はそこにあるのだと思います。

もうひとつは、アスリートたちが「僕らは決められた環境で頑張るだけ」と言っている点。もちろんそれはその通り、究極的に選手はそうするしかないことは重々承知であえて言えば、最悪の悪条件で頑張ってしまう人がいて、そういう人たちを「スポーツマンらしい潔さ!」「文句も言わず立派!」と称賛して、彼らの頑張りに責任をおっかぶせるだけの社会に、私はある種の違和感を覚えます。

いやだって本来「スポーツするな」って言われている環境の中で、すべきでない無理を頑張って乗り越えさせることに何の意味が?それを見て「頑張った!」と涙するとか、感動ポルノでしかありません。「運動中に水を飲むなんてたるんでる」と言う旧態依然としたスポ根の裏返しの価値観でしかないし、そういう文化の中では「無意味な無理はしたくない」という真っ当な言い分は「文句」として退けられてしまいます。そもそもそういう真っ当な言い分を言える空気が育ってゆきません。

もちろん100歩譲って「この時点ではそう言うしかない」という気持ちは理解できる。だからこそ東京オリンピックが決まる時に、アスリートからもっと「無理」と言う言葉が出てきてもよかったと思うんだけどなあ。だって政治家とか広告代理店なんて、大会中は冷房の中で見てるだけで、35度を超える中で40km以上走ることがどんなことか、想像すらしてないんだから。

そもそもスポーツやら文化やらを「夢」とか「名誉」で気持ちよく語る部外者たちは、それをやっている当事者たちが何かーー例えば「お金の話」「要求」「政治的発言」ーーをすると、途端に自分の何かが「汚された」かのように反応するもの。特に日本では、「スポーツマンなんだからスポーツだけやってろ」みたいに言う人が多いように思います。

これは私の本業である映画業界でも全く同じ。映画監督に「映画業界に最悪の労働条件が蔓延るのはなぜか?」と聞けば、帰ってくる答えはたいてい2つ。ひとつは「悪い労働条件でも頑張ってしまう人がいるから、”その条件ではできない”と言う交渉が成り立たない」。もうひとつは「そういう交渉をすると、”好きでやってるんでしょ?夢で食ってるのに、お金まで求めるのか?”とあしざまに言われる」。

オリンピックの選考大会として新設されたMCG(マラソングランドチャンピオンシップ)で3位になった大迫傑選手もーー彼は「北海道でやる騒動」には「どっちでもいい」と言う考えですがーーに賞金がないことを疑問視しています。こういう主張する人、大事。だってアスリートに無理を強いて夢だけおっかぶせ、儲けは総どり、みたいな人とか会社があるんですから。

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