なにかあったら「家族を頼れ」の残酷さ

 

武田 映画では携帯電話の着信音が鳴る度に、胸がぎゅーっとなりました。多分、皆さんも今この瞬間にスマホをチェックして、連絡来てるから早めに帰ったほうがいいかなとか、いろいろ決断を迫られてると思いますが、携帯電話がなければ連絡は取れないし、急な仕事も入ってこない。逆を言うとそれがあることを前提に生活が回ってるから、やらざるを得なくなっているわけです。

町山 家族で楽しそうにインド料理のデリバリーを食べる、この映画で最も幸福な場面でも、母親の電話が鳴り、仕事に呼び出されていましたね。時間の切り売りはもちろん、一人の人間の生活が分断されている。それによって自分が想う人を助けられず、優しくもできない。妻の介護訪問先に一人暮らしの人が多いのもそう。ここ何十年で進んだ社会の分断の末に、互いに協力できる体制が崩れてしまっているんです。

『家族を想うとき』より photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019

武田 反発して飛び出した長男も、結局は家族以外に頼る場所がない。日本もそうですが。

町山 政府は「家族に頼れ」と言って、責任を減らしていますからね。

武田 両親がダメなら祖父母に、それがダメなら親戚に……とにかく血縁で解決しろと。三世代同居で住宅減税とか、すごく露骨な政策も推し進めています。働き方も生き方もこれだけ多様化しているのに、何かあったら「家族でどうぞ」と言われても、それは解決できないわけですよね。
 

保育士の給料が安いのは「誰でもできる仕事だから」?


武田 何年か前にホリエモンが、保育士の方々の「(他の仕事と比べて)給料が安い」というツイートに対して「誰でもできる仕事だから」と言って物議をかもしました。「自分たちにしかできない保育所のモデルを作ればいい」と。僕はそれに本当に腹が立ったんです。この映画には、社会にしみわたったそういう考え方が反映されていると思います。

町山 ネットの人気者は、さも自分が賢い人間であるかのように「ルールを変えればいい」と言う。みんなはルールを変えられない理由を分かっているから言わないだけ。別にあんたたちが賢いわけじゃないって言いたくなります。

武田 落ちていく人たちの姿を見ることで自分の高さを肯定するような。そういう人たちの言うことに、やっぱり頷きたくはないですね。

町山 映画の中で母親の訪問介護先の、年老いた女性が「私も役に立つことができるのね」と言う、あの場面はすごく印象的でした。「自分は役立たず」という思いが積もっていくと、自分が権利を奪われていてもなかなか気づけないんですよね。

『家族を想うとき』より photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019

武田 そんな風に考えさせてしまう社会は明らかに間違っていると思う――と、こういうテーマで原稿書いたり発言したりすると、常に「じゃあ解決策を出せ!」って言われるんですよ。

町山 それ、さっきの話と同じですよね。まずは疑問と問題を一緒に考えようって言ってるのに、それを「答えを出せ」という言葉ですり替えるのが、ホリエモン的な人たちのやり方。

武田 虫歯になってるからまずは虫歯をどう削るか話そうって言ってるのに、新しい歯を用意してから来いって言われているような。

町山 頭良さそうに見せるために常に先回り、その結果、問題がズレていく。ネットではそういうふうに言えば勝てる、という。勝ち負けじゃないものを、勝ち負けにすり替えられて、「負け」と思わされてしまうんです。

武田 そういう人たちの本を読むと、2030年とか2050年の新しいビジネスとか書いてある、まさに先回り。2019年の12月をどう生きるかが切実な問題になってる中で、それをすっ飛ばすのクールだね!と言わんばかりに2050年を提案してくる。そりゃ2050年の問題も考えないといけないんだけれど。

町山 足浮いてるぞ!っていうね。

武田 それが「いいね!」ってなっちゃう。

町山 彼らが“彼らのゲーム”をしてるだけですからね。そこに乗る必要はない。

武田 でもこういう切実な映画を彼らにも届けたい、2050年のこと考えてる場合じゃなかったって思わせることが、必要だと思うんですよね。

町山 この映画のように、徹底した具体性を突きつけていくっていうことですよね。これだけやられると、ええと、2050年は……って言う人がバカにみえる。

武田 そういう人に見せて、終わった後に2050年どうしますか?って聞いてみたい。

<映画紹介>
『家族を想うとき』

『家族を想うとき』より photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019

イギリス、ニューカッスルに住むある家族。父のリッキーはマイホーム購入の夢をかなえるために、フランチャイズの宅配ドライバーとして独立。母のアビーはパートタイムの介護福祉士として、時間外まで1日中働いている。家族を幸せにするはずの仕事が、家族との時間を奪っていき、高校生のセブと小学生の娘のライザ・ジェーンは寂しい想いを募らせてゆく。そんななか、リッキーがある事件に巻き込まれてしまうーー。

 

監督:ケン・ローチ『わたしは、ダニエル・ブレイク』『ジミー、野を駆ける伝説』 
脚本:ポール・ラヴァティ『わたしは、ダニエル・ブレイク』『ジミー、野を駆ける伝説』 
出演:クリス・ヒッチェン、デビー・ハニーウッド、リス・ストーン、ケイティ・プロクター
2019年/イギリス・フランス・ベルギー/英語/100分/アメリカンビスタ/カラー/5.1ch/
原題:Sorry We Missed You/日本語字幕:石田泰子
提供:バップ、ロングライド 配給:ロングライド  
https://longride.jp/kazoku/


© Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2019

取材・文/渥美志保 
撮影・構成/川端里恵(編集部)
 
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