ところが、シーズンが始まると、「昨季は辛い試合が多かった」と語り、今季は自分自身がスケートを楽しむためにも、表現力の向上に重きを置く考えを明らかに。もちろんシーズンオフの間に考えることはたくさんあります。その結果、方向性が一転することは悪いことではありません。けれど、今の男子フィギュアで宇野選手がもう一度トップ争いを演じるには、すでに一定の評価を得ているPCS(演技構成点)を上げることより、基礎点の高いジャンプを美しく跳びGOE(出来栄え点)を伸ばすことの方が重要ではないか、とも思えました。

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11月15日に行われたフィギュアGPシリーズロシア大会、男子SPでの演技。 写真:Abaca/アフロ

ファンというのは難しいものです。あくまで、自分が好きで応援をしている立場。だから決して考えを押しつけてはいけないし、応援している相手が自分の望む方向に進まなかったとしても、それを否定したり批判してはいけない、と僕は思っています。ファンにできることは、ただ祈るだけ。その分、行き場のないモヤモヤがずっと胸の内にこびりついて、心を重くしていました。

 


良い演技がしたい。迷いの果てに辿り着いたシンプルな境地


けれど、先日放送された全日本選手権に向けてのインタビューで、宇野選手はこんなことを言っていました。

「良い演技ができなくても自分の満足できる演技ができたら良いって言いますけど、結局良い演技しないと自分は満足できないんです。だから僕は良い演技がしたいです」(フジテレビ系『Live News α』より引用)

この言葉を聞いたとき、胸のつかえが取れたような気持ちになりました。そして安心もしました、宇野選手はちゃんと前に進んでいると。

宇野選手はこれまでずっと「自分が満足できる演技がしたい」と繰り返してきました。目先の勝敗にとらわれない宇野選手が初めて優勝を公言して臨んだ昨季の世界選手権は4位。インタビューで「1位になりたいと言った自分がこのような演技で恥ずかしい」と語っているのを読んだときは、恥ずかしいなんてことはまったくないからどうか自分を責めないでほしいと思いました。そして、どうかまた優勝を目指すことを怖がらないでほしいとも。

自分が満足できる演技。自分が楽しめる演技。そして、良い演技。その違いが何なのか。それは宇野選手本人に聞いてみないとわかりません。けれど、おそらく「良い演技がしたい」という言葉の「良い」の中には、結果も含まれているはず。なぜなら、フィギュアスケートはスポーツであり、宇野選手は競技者だから。

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写真:ロイター/アフロ

ジャンプか表現かでフィギュアスケートを語ろうとしているときは、きっと何か迷っているんだと思います。ジャンプも表現もどちらも大事。両方をきちんと揃えた人が、真のチャンピオンとなることをこれまでの歴史が証明しています。

「優勝できなかったけど、目標は達成できたからいい」でもなく、「得点は伸びなかったけど、楽しかったからいい」でもなく、ジャンプも、表現も、すべてを追求して「良い」と晴れやかに胸を張れる。そしてそこにちゃんと結果がついてくる。どん底を経て、シンプルですが、そんな境地を宇野選手はまた目指しはじめたように見えました。

心優しき五輪銀メダリストの“Starting Over”。再出発の一歩目は、はたしてどんなものになるのか。願わくは、表彰台の上でいつもの人なつっこい笑顔を浮かべていますように。その光景を信じて、今年も全力で全選手を応援したいと思います。

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GPシリーズフランス大会、練習での様子。写真:Raniero Corbelletti/アフロ

 

ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。男性俳優インタビュー集『役者たちの現在地』が発売中。twitter:@fudge_2002

構成/山崎 恵

 

前回記事「【男子フィギュア】今季最注目は山本草太!ケガを乗り越え、初の世界選手権代表なるか」はこちら>>

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映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。

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文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』(洋泉社)、『聴くシネマ×観るロック』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、『文化系のためのヒップホップ入門12』(アルテスパブリッシング)など。

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ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。男性俳優インタビュー集『役者たちの現在地』が発売中。twitter:@fudge_2002

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メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。

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ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。

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ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。

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ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。18年に大腸がん発見&共存中。

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ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『連続テレビ小説 なつぞら上』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。

 
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