ミステリーやホラー好きの間で、注目を集めている新人作家がいます。
2018年6月に『スイート・マイホーム』(小社刊)で第13回小説現代長編新人賞を受賞した神津凛子さんです。同作は「ここまでおぞましい作品に接したのは初めてだ」(伊集院静さん)、「読みながら私も本気でおそろしくなった」(角田光代さん)などと、選考委員たちが恐れおののき、2019年1月に刊行された単行本は、わずか3ヶ月で4刷と、新人としては異例の版を重ねています。

 

神津凛子(かみづ・りんこ)
1979年長野県生まれ。歯科衛生専門学校卒業。2018年、『スイート・マイホーム』で第13回小説現代長編新人賞を受賞し、2019年、作家デビュー。長野県在住。

 

読後に後味の悪さが残るミステリーが「イヤミス」と呼ばれていますが、神津さんの作品は、担当編集者がそれを通り越して世にもおぞましい「オゾミス」とのキャッチフレーズをつけるほど。そんな神津さんの新刊『ママ』(小社刊)が2020年1月に発売されます。長野県在住で、3児の母でもある神津さんは、どのようにして「オゾミス」を紡ぎ出しているのでしょうか?


どんなに不条理で恐ろしくても、「理由がほしい」


新刊『ママ』は、42歳のシングルマザーである成美の、愛娘ひかりへの強い思いから始まり、突然、両手足を拘束され、謎の男に監禁される場面へと暗転します。一緒にいたはずのひかりの姿はなく、全身に広がる不安と恐怖。そんな中、突然、謎の男に声をかけられます。

「希望が欲しい?」
「理由が欲しい?」
「でも、どっちもあげられない。それってすごく、贅沢なことだから」

物語は、監禁される成美と、シングルマザーとして社会の厳しさに直面しつつも、懸命に生きていた頃の成美が交互に描かれています。なぜ成美は突然、監禁されてしまったのか? ひかりは無事なのか? 読み手はぐいぐいとストーリーに引き込まれていきます。

「希望も理由もどっちもあげないって言ったのはどうしてなんでしょうね? 犯人の男が勝手に言ってただけなんです(笑)」

そう答えるのは、著者の神津凛子さん。プロットを全く立てず、謎の男が誰で、どんな理由でわたしを監禁したのかがわからないまま書き進めたとのこと。理想のマイホームを建てた家族が、不可解な現象に巻き込まれていく恐怖を描いたデビュー作の『スイート・マイホーム』も同様の手法で完成させたそう。

「『スイート・マイホーム』も『ママ』も、その世界の人たちが勝手にやっている様子がぼんやりと映像のような感じで見えていて、それを言葉にしています」

 

そのため、後で読み返してみて「そうだったのか!」と神津さん自身が驚くことも少なくなく、自分の経験や考えが随所に散りばめられていることに気づくのだとか。たとえば、シングルマザーの成美がスーパーの惣菜を作る部門で働くことになり、同僚となる不妊治療中のパート女性と話をする場面。その時に成美がふと浮かべた笑顔が、妊娠できない自分を蔑んでいると彼女に受け止められてしまい、のちのちきつく当たられてしまうことになっていきます。

「自分はそんなつもりで笑ったわけではないのに、何気なく発した一言で相手に誤解を招いてしまったりする出来事は誰にでもあると思うんです。それが最悪、悲劇につながってしまうかもしれない。私自身、常に裏を読みすぎてしまうところがあり、『今、あの人はこういう風に言ったけど、実のところどう思ってるんだろう?』と、マイナスに考えてしまうことが多いんです。そういう日頃の習慣が小説の描写に出ているのかもしれません」

わけがわからないまま監禁され続ける成美は、絶望的な状況においてもひかりを強く思うことで、なんとか生き延びようともがき続けます。

「作品の中のわたしと私は、立場は異なりますが、私も実際に子どもができてはじめて、『この子のためなら死ねる』と実感できるようになりましたし、夫がいなくても自分でなんとかしなきゃというシングルマザーとしての思いも、あとで読み返してみて共感する部分が多かったです。また、ひかりが生きているかどうかすらわからない中でも、わたしは決して諦めなかったわけですが、母親なら少しでも可能性がある限り、きっと絶望しないし、諦めないんじゃないかと思いました」

 
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