重症化するスピードが、とても速い
テレビをつければいつもそこにいらっしゃった。その知性、計算され尽くした動き、変装。誰にも真似できないような才能で、皆に笑顔を与え続けてくださった。小さな頃からのお茶の間のヒーロー。
そんなみんなのヒーローの命を一瞬で奪い去っていったのが、言わずと知れた新型コロナウイルス感染症でした。
志村けんさん、享年70歳でした。
このコロナウイルスは、少し前には「インフルエンザと同じようなものだから大丈夫」といった意見も見られていました。
しかし、様々な報道を見てそのように思われていた方も、皆にとって身近な存在であった志村さんの死に触れて、見方が大きく変わったのではないかと思います。
これまで報告されてきたデータを紐解くと、それはよく見えてくると思います。以下の表は、イタリアと中国での死亡率をまとめた論文の図表を翻訳したものです(※1)。
国によって、状況や検査の方針が違うため、数字の単純比較はできません。しかし、こう見ると歳を重ねれば重ねるほど、死亡率は高くなることが見えてくるのではないかと思います。これは、必ずしも新型コロナウイルス感染症に特別に見られる傾向というわけではなく、インフルエンザなど多くの感染症でも同じように見られる傾向です。
年齢という要素もさることながら、年齢とともに慢性疾患が増え、それが高い死亡リスクにつながっているということも考えられます。実際に、年齢の要素を取り除いても、心臓の病気や糖尿病、高血圧やがんなどの慢性疾患があればあるほど、リスクが高くなってしまうことも報告されています(※2)。
これらの割合の分母には、軽症や無症状で検査を受けていない方が含まれないので、実際の死亡率はこれよりも低いことが想定されています。しかし、仮にこの数字を単純計算に用いれば、70歳の方の中でたった10名に感染が広がるだけで、1名の命が奪われてしまうことがお分かりになるかと思います。
また、重症化する方は、重症化するスピードがとても速いことも知られています。重症化した方が入院してからどのぐらいの時間で人工呼吸器につながったかということをまとめた論文がありますが、中央値は2日程度であったことが報告されています。これが自分の両親に起こったと思って、想像してみてください。
元気だった肉親が、突然感染症を発症して入院することになる。その後、たった2日で人工呼吸器につながって意識のない状態に様変わりしてしまうのです。
また、一度人工呼吸器につながった方は、回復される方でも平均2週間程度は離脱(人工呼吸器を外すこと)が難しいこと、残念ながら半数にも上る方が亡くなってしまう可能性も報告されています(※3)。
いかにこの病気が難しく、またいかに素早く命を奪い去ってしまうかがお分かりいただけるかもしれません。
もしかすると、読者の方の中にはこれをお読みになって、私は30歳だから大丈夫と安心された方もいらっしゃるかもしれません。確かに個人のリスクとしてはそうかもしれません。しかし、これはあくまで「確率」の話であるということにも注意が必要です。先のイタリアや中国の報告をご覧いただくと、30代の方でも死亡率は0ではありません。
感染者が急激に増加すれば、若い犠牲者も増える
今のところ、残念ながらこの「確率」を低下させるような治療法はありません。とても単純な算数の計算をすれば見えてくると思いますが、確率が一定の場合、分母が増えれば増えるほど、すなわち若い方に感染が広がれば広がるほど、それだけ重症になり、命を落とす若い方の絶対数は増えてしまいます。
例えばイタリアの報告をもとに30代の方の死亡率0.3%という数字を用いると、個人のリスクとしては低いように感じられるかもしれませんが、社会としては、30代の同世代1000人に感染が広がってしまえば、例え30代とお若くても3名もの命が奪われてしまうということです。
これを防ぐ現時点での唯一の方法は、感染者を増やさないことです。世界を変えるような魔法の治療法は、熱心に研究をされているものの、いまだ世界のどこを探してもありません。
また、若い方の方が、動ける量も人も多く、それだけウイルスをもらうリスクが高く、また高齢者の方へ運んでいくリスクも高くなります。
矛盾しているようですが、このウイルスのタチの悪さは、2割の方が重症化してしまう傍ら、無症状の感染者、軽症の感染者が非常に多いことにあります。重症化してしまわれる方は動けなくなり、入院となるため、感染を広げるリスク自体は下がります。しかし、無症状の方や軽症者は診断されていないことも多く、体が元気で動き回れるので、当然無自覚に感染を広げるリスクが高くなってしまうのです。
一人ひとりの動きが、自分だけでなく、家族の、あるいは会社の同僚の、さらには遠く離れた諸外国の方のリスクにもつながっています。逆に言えば、日本の外で行われている外出の自粛は、実は私たちをも守ってくれています。
外出自粛要請、渡航規制、都市封鎖。物理的に人のつながりが分断されるような取り組みが行われていますが、痛みを伴うそれらの取り組みは、実は世界中の人の支え合いであり、心のつながりの上に成り立つのです。
参考文献
1. Onder G, Rezza G, Brusaferro S. Case-Fatality Rate and Characteristics of Patients Dying in Relation to COVID-19 in Italy. JAMA [Internet] 2020 [cited 2020 Apr 1];Available from: https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2763667
2. Wu Z, McGoogan JM. Characteristics of and Important Lessons From the Coronavirus Disease 2019 (COVID-19) Outbreak in China. JAMA [Internet] 2020 [cited 2020 Apr 1];Available from: https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2762130
3. Wu C, Chen X, Cai Y, et al. Risk Factors Associated With Acute Respiratory Distress Syndrome and Death in Patients With Coronavirus Disease 2019 Pneumonia in Wuhan, China. JAMA Intern Med [Internet] 2020 [cited 2020 Apr 1];Available from: https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/fullarticle/2763184
Comment