ニューヨーク州から、小説家・小手鞠るいさんのエッセイが届きました。
ウッドストックの森で暮らす小手鞠さんが、身の回りの景色を切り取った写真と共にお贈りします。
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「僕が思うに、アメリカ人はどんな状況下に置かれても、ジョークと笑いで乗り切ろうとする国民なんだよ」

と、夫(アメリカ人・58歳)から教わったのは、渡米後、まだまもない頃だったと記憶しています。もちろんこれは夫個人のアメリカ人観であって、普遍的な真実ではないと思います。が、根っからの悲観主義者である私の目にはいつも「物事の明るい側面を見ようとする夫の姿勢」がまぶしく映ります。心底、うらやましいなと思っています。

ちなみに、私がアメリカへ移住したのは1992年。ロサンジェルスの空港の移民管理局で「自由の国へようこそ!」と迎えられてから、28年が経ちました。その間、アメリカ人のポジティブシンキング、ユーモア精神、独立精神、反骨精神に何度、励まされ、胸を打たれてきたことでしょう。

ただ一度だけ、例外がありました。それは2001年に起きた同時多発テロ事件の勃発時。あの頃だけは「アメリカ人はジョークを忘れていたね」と、ついこのあいだも、夫と昔話に花を咲かせたものです。

 

さて、昨今の新型コロナウィルス騒動に対してはどうなのか?

答えはイエス! と書きたいところですが、アメリカの事情は州によって、田舎か都会かによって、またライフスタイルによっても千差万別です。一概に「ジョークは健在!」とは言い切れません。しかし、その一方で、身近で起こる小さな明るい出来事に日々、心を慰められているのも事実です。

ニューヨーク州で州封鎖が始まった直後には「お困りの方はお電話を。駆けつけて、なんでも手伝います」という貼り紙が高齢者の多く暮らすアパートメントに貼られたり、毎日、感染のリスクをかかえて出勤する警察官や病院関係者たちに、各ビルの窓から人々が顔をのぞかせ、手をふりながら、大声で「きみたちは英雄だ!」とエールを送る光景が見られたりしたそうです。みんなそれぞれに、自分のできる範囲内で、せいいっぱいの助け合い精神を発揮しようとしているのでしょう。

 

私の愛聴している、カントリーソングだけを流しているラジオ局からは終始、明るい口調で「We are all in this together!」という合言葉が流れています。
私も何か、自分にできることをしたいと思い、庭に咲いた水仙の花をカットして、近くに住んでいるひとり暮らしの女性に届けたりしました。彼女はこのコロナ騒動のさなかに、長年、連れ添ってきたパートナーに先立たれたのです(新型コロナウィルスが原因ではありません)。

 


こんな時だからこそ

 

こんな時だからこそ
優しい気持ちになろう
こんな時だからこそ
時間をたいせつに使おう
こんな時だからこそ
普段はできなかったことをしよう
楽しい思い出話をしよう
ふっくらさくさくパンを焼こう
うれしかったことを100個
書き出してリストにしよう
好きな人に手紙を書こう
本をいっぱい読もう

恋愛小説ならなおいいね
ふたりの出会いを思い出せるから
初恋物語もいいね
昔のかわいい恋を思い出せるから
希望は与えられるものではなくて
自分で作り出すもの
こんな時だからこそ
愛と勇気と希望の物語を書いて
私はあなたに捧げよう

先日、日本に住んでいる親友が杏さんの弾き語りの動画を送ってきてくれました。杏さんはギターを抱えて、加川良の『教訓1』を歌っていました。
この曲は、私が京都で学生生活を送っていた頃にリアルタイムで聴いていた、なつかしい反戦フォークソングです。あの時代に燃え盛っていた熱い炎が杏さんのあたたかな声になって、静かに胸によみがえってきます。
杏さんの隣で熱心に絵本を読んでいる可愛らしい女の子。彼女はいったいどんな本を読んでいるのでしょう。


だから泣かないで

 

あなたの子ども時代も
あなたの初恋も
あなたの顔も名前も知らないのに
あなたが生まれた日
空はどんな色をしていたのか
私には想像できる
空は陽の光を滲ませて青く
海は空の青を映して深く
あなたの誕生を祝って
鳥たちは愛を歌い
魚たちは踊った
だから泣かないで
だから嘆かないで
だから死なないで
あなたは決して
ひとりぼっちじゃない
私はここにいるよ
私はここにいるよ

ツイッターにときどき「死にたい」「絶望しています」「悩んでいます」と、SOSのメッセージが届くことがあります。顔も名前も知らない、会ったこともない人からです。
でも私の耳には確かに、その人の声が聞こえてきます--------「助けて」。
私に何ができるだろう。できることがあるとすれば、それは私からも「声」を返すこと。「声」は「愛」とも言いかえられるでしょうか。
これは、私から見知らぬあなたに捧げた愛の歌です。

(5月12日)



小手鞠るい(こでまり・るい)
1956年岡山生まれ。1992年からニューヨーク州在住。やなせたかし氏が編集長を務めていた「詩とメルヘン」への投稿詩人として出発。渡米後「海燕」新人賞を受賞して小説家に。代表作は『欲しいのは、あなただけ』『アップルソング』『炎の来歴』など。児童書も積極的に書いており『ねこの町のリリアのパン』(←動画の中で、杏さんの娘さんが手にされていたのはこの本です)をはじめとする「ねこ町いぬ村」シリーズ、『うさぎのマリーのフルーツパーラー』『初恋まねき猫』など、大人も楽しめる美しい作品が多数。

 

<小手鞠るいの本>
初恋まねき猫

小手鞠るい:著

「この小説は、小手鞠るいから読者への贈物だ。」
金原瑞人氏推薦。 
画家になる夢を諦めていた少年と、童話作家を目指す少女と、謎めく銀色の美しい猫・・・・・・ふたりと一匹が出会う、淡い初恋物語。

ねこの町のリリアのパン

小手鞠るい:作 くまあやこ:絵

悲しみにくれていた老犬にさしのべられる猫のリリアさんの優しさとは?そして、そんな犬のジョンソンさんがおこした行動とは?
優しく深い慈愛に満ちた物語
 

 
文/小手鞠るい
写真/グレン・サリバン