少しでも若く見せたい、メイクをしていないと人に失礼……。“美容”とは、長くそんな価値観が主流でした。でもコロナ禍で外出自粛が求めらるようになり、今や人に会わない、外にも出ない、という日々に。そうなると、私たちは何のために美容をおこなうのか? そんな疑問にぶつかっている人も多いのではないでしょうか。そこで大きな反響を呼んだ『美容は自尊心の筋トレ』の著者・長田杏奈さんと、この混沌とした時代に向き合うべき“美容”について考えてみました。

 

長田杏奈 1977年神奈川県生まれ。ライター。中央大学法学部卒業後、ネット系企業営業を経て、週刊誌の契約編集に。フリーランス転身後は、女性誌やWebで美容を中心に、インタビューや海外セレブの記事も手がける。「花鳥風月lab」主宰。

 


若さ崇拝の社会と
実際に女性が求めている“美”に乖離を感じた

 

昨夏発売された美容ライター・長田杏奈さんのエッセイ『美容は自尊心の筋トレ』。ハウツーもない、写真もないという異例の美容本ながら、売り切れ続出。人のため、社会のためではない、自分のための美容をおこなおう、というメッセージは、多くの女性から「そういう社会になってほしい!」と大反響を呼びました。著者の長田さんに、このメッセージを発信しようと思ったきっかけを伺いました。

「日本では多様な美しさが見過ごされているなと、ずっと感じていたんです。もう時代の空気として違うのでは?とも違和感を抱いていて。本ではあまり厚みを持たせることができなかったのですが、年齢を重ねた美しさというのもそのひとつ。大人になるって素敵なことなはずなのに、頑張って若さを保たなければいけない、老けちゃってお目汚しですみませんという空気がある。それって、平均年齢が48.9歳で女性の平均寿命が87.26歳という日本で、大多数の人を幸せにしない考え方ですよね。私は今年43歳になるのですが、40代って美容業界ではまだまだ若手とか中堅扱いなんです。50代60代でバリバリ活躍している先輩がたくさんいて、彼女たちは皆、自分ならではの魅力を磨いてとても楽しそうに生きています。年上の女性が個人として輝き、尊重されリスペクトされる業界にいるから、余計におばさんか美魔女の二択みたいなステレオタイプを押し付けてくる社会との乖離にモヤモヤするのかもしれません。でも、仕事上、ある程度はステレオタイプに寄せなきゃいけない場面もある。そこで感じた矛盾や鬱憤みたいなものを、SNS上で晴らしていたんです。完全なる趣味としてなら、モテとか若さとか正解の美に囚われない『私はこう思う!』という美容の話ができる。自分自身がなんのために美容をしているかを突き詰めた時に出て来たのが、『自尊心の筋トレ』という言葉。王道を外れた独り言のはずが、意外と共鳴してくれる人が多かったんです」

みんな違って、みんな美しい――。それは長田さんがずっと発したいと思っていたメッセージでしたが、本に対する反響の大きさは、その長田さんですら想像以上で驚いたそうです。

「いちばん印象的だったのは、本の出版後に会った方たちの多くが、容姿についての心無い言葉に傷つき、正解の美やコンプレックスの呪縛に苦しんだ体験を語ってくれたこと。初対面にも関わらず、出会い頭に堰を切ったように切実に訴えてくる。私の目から見たら、とてもそんな悩みを抱えているようには見えない素敵な人ばかりなのに、10年も20年も心に棘が刺さりっぱなしの人がほとんど。容姿のことで一度も傷ついたことがない人のほうが、むしろ少数派だったんです。物心つくかつかないかで”この見た目はダメなんだ”って自信を奪われて、さらに年齢を重ねるほど価値が下がるように思い込まされる。たかが見た目の話と軽んじられがちですが、自分の姿に常にダメ出しをしたりされたりするのって、その人がリラックスして心地よく暮らすことの妨げになるし、のびのびと一歩を踏み出す足かせになる。人の力を奪って追い詰めるような狭っ苦しい『美しさ』、一神教の美しさはアップデートの必要があるなと感じます」

そう語る長田さんが、「こういう美の価値観って素敵だな」と刺激を受けているのが、海外ドラマやドキュメンタリーを見るときだそう。

「私はNetflixなどの配信アディクトで、特に北欧ミステリーが好きなのですが。北欧は男女平等が進んでいるので、警察の所長やCEOなど権力のある地位に大人の女性が普通に就いている設定にまず驚きます。しかも、シワがしっかり刻まれてアゴもたっぷりしたリアルな姿の大人が主人公として活躍する作品がとても豊富で……。彼女たちが年齢を重ねた自分の容姿に悩んだり気後れする様子は見受けられず、当たり前のようにラブアフェアもある。若者と張り合おうと頑張ったり無理をするんじゃなくて、ひたすらナチュラルに自分の姿にOKを出しているし、それが当たり前の社会だから誰もツッコミを入れません。そういう文化がすごく新鮮で羨ましい。日本でも大人が主人公のコンテンツがもっと作られてほしいし、その時に私が見惚れたいのは変わらぬ若々しさではなく、リアルな加齢の味わい。顔の味とか迫力、佇まいの熟成がもっと評価されて見直されてほしい。まずはフィクションの世界でお手本を見せて、現実を引っ張ればいいんじゃないかな」


コロナウイルスが
有無を言わさず美容のスタンダードを変える

 

奇しくも、世の中は新型コロナウイルスによる外出自粛要請で、リモートワークが推進されるように。オンラインミーティングでどこまでメイクすべき? という議論が沸き起こるなど、“顔を装う”ということの意味が問われ始めています。この点について、長田さんはどのように考えているのでしょう?

「私はもともと、“自分のための美容”派なので、自分がアガる美容しかしなくていい、と思っているんです。ただ、私は自由な業界に身を置いているのでそれが許されるけど、いろいろな人に話を聞くと、“メイクはマナー”、“すっぴんも派手なメイクもNGで、ナチュラルメイクだけが許される”みたいな場はまだまだ存在していた。だけど今は、そういう社会的なマナー目線に晒されず、人目を意識しないで済む日々を送っている人も多いはず。不自由が多い生活であるけれど、自分の気持ちに合わない美容を徹底的に断捨離するチャンスだなと思います。今は義務で仕方なくやっていたことはやめて、心から楽しめる美容だけ手元に残せばいい。オンライン会議でマナーが必要とされたら、メイクをしているように見えるフィルターの力を借りれば済む話で、他人や社会の前で取り繕うために、顔の表面に手を加えなくてもいい。実際、ここへ来てスキンケアの伸びが順調で、ルームディフューザーやルームスプレーがこれまでになく売れているそう。皆、自分が心地良くいられることを工夫しているんだなあと感じました」

たしかに、マスメディアが“オンライン上で映えるメイク”を取り上げたところ、相変わらず美のスタンダードを押し付ける社会に女性たちが反発を覚え、軽く炎上する現象も起こりました。皆が、「大事なのはそこじゃない」と気づき始めているようです。

「すっぴんは確かに気楽かもしれないけれど、このリップを塗ると気持ちが引き締まるから塗るよね〜みたいな心理はあるじゃないですか。社会の抑圧が弱まった環境で、何のために美容をするのか、一人一人が向きあって選び取る。もちろん、してもしなくてもよし。先が見えない制限された環境で、不安になることもたくさんある今だからこそ、自分にとってひたすら心地よい美容だけに集中してほしい」

 
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