みなさん、こんにちは。お悩み相談のLIFEコーナーの原稿を担当しております、ライターの山本奈緒子です!

さて今回は、新しい識者の方に、お悩み相談取材をして参りました。尼僧の掬池友絢(きくちゆうけん)さんです。
掬池友絢さんは浄土宗僧侶。大学では臨床心理学を専攻、卒業と同時に僧階を取得し、ご実家である静岡県三島市の蓮馨寺に所属します。……が、僧侶を仕事とすることに悩み、10年もの間、アメリカや日本国内を旅しつつ、自分がどう生きるべきか探ってきた、という異色の経歴の持ち主です!

僧侶となる決意をしたのは5年前。それでも、より広い視野で仏教の教えを学びたいと、平日は東京にある宗派の事務機関で働くOL、週末は蓮馨寺の副住職、という兼業僧侶としての道を選ばれました。また、都内で月に1回、寺子屋ブッダの「友絢さんとお茶を飲む日」で女性向けお話し会の講師を務めるなど、女性を中心に多くの人の悩みとも向き合っておられます。
 

 

たとえば著書『泣きたいときには泣いていい』(講談社エディトリアル刊)では、「足りないものを数えない」、「月のように生きましょう」といったお釈迦様の言葉を、私たちにも分かりやすいよう現代社会に当てはめて解説してくださっているほか、「イラつく相手に顔や態度が出てしまいます」、「小さなことにクヨクヨしてしまいます」といった様々な悩みに対しても、解決のヒントを授けています。
ご自身は今年40歳。結婚はされておらず、会社員としての仕事と、仏教の教えを広く知ってもらう活動に邁進しておられます。

まさに、働くmi-mollet世代と同じ感覚を持つ掬池友絢さん。取材も、平日の仕事終わりであったため、袈裟ではなく、淡いグレーのニットにホワイトデニム、台風が来ていたのでレインブーツという上品カジュアルな出で立ちでやって来られました。また、「修行のために髪を剃ったので」というショートカットにゴールドのピアスをさりげなく効かせるなど、自分に似合うオシャレをきちんとご存知のミモレ世代女性でもあります。

ちなみに昨年末、ミモレ編集長の大草が出演したNHK番組『ゆうどき』には、掬池さんも出演されていました。大草は、その温かく深いお話に感銘し、「私は掬池友絢さんに出会うためにこの番組に出たんだと思う!」と、“運命”を感じていたほどでした(笑)。
そんな掬池友絢さんの回答、ぜひ読んでみてください!

KAYさんからの質問
Q.
歳をとるにつれて、楽しいと思うことが少なくなってきた……

どうしてでしょう。30代も半ばを過ぎて、楽しいと思うことが少なくなってきたように感じます。例えば、好きだった一人旅。興味のある国や場所はもう訪れてしまったし、ちょっと行きにくそうな場所はテロが怖くて踏み出せない。それに、洋服。美しい洋服や物は日々新しく生まれていて、興味は尽きないけれど、欲しいと思ったものは合理的な範囲であらかた手に入れられているから、まあ満足できている。学生の頃はスタバに行くだけでも、あんなにワクワクしていたのに!
単なる慢心に過ぎないかもしれないけれど、"ワクワク"が減ったように感じたり、消費するだけの毎日って本当につまらないと思ったりするのは、自分がちっぽけな世界に住んでいるからでしょうか。誰でもこんな風に思うことってあるのでしょうか?

チームmi-mollet 掬池 友絢さんの回答
A.
「欲しい」ではなく「与える」に目を向ければ、心の中で良い反応が起こるかもしれません

このお悩みをお聞きして、私がまず気になったのが、“消費するだけの毎日”という言葉なんですね。KAYさんはもしかしたら、“刺激を受けること”に飽きてしまっている状態なのかもしれません。そういうときは、自分から何かを与える、という行為を始めてみるのも一つの手かもしれません。
仏教には「無財の七施」という教えがあります。これは、たとえお金がなくても、どんな人でも七つのお布施でまわりを幸せにすることができる、という考え方です。

詳しくご説明すると・・・。

一.眼施(がんせ) 慈しみに満ちたまなざしですべてに接すること。
二.和顔施(わがんせ) いつも穏やかな顔つきで人や物に接する行為。
三.愛語施(あいごせ) 優しい言葉をかけること、思いやりある態度で言葉を交わすこと。
四.身施(しんせ) 自分の身体で奉仕をすること。
五.心施(しんせ) 他のために心を配り、友に喜び悲しみ、また痛みを自らのものとして感じ取る心持ち。
六.床座施(しょうざせ) 自分が疲れていても喜んで席を譲る行為、また競争相手にさえも自分の地位を譲って悔いなく過ごせること
七.房舎施(ぼうしゃせ) 風や雨露をしのぐ所を与えること。

KAYさんはもしかしたら、「欲しい欲しい」になっているため、毎日をつまらなく感じるのかもしれませんね。ならば、小さなことでいいので「与える」という正反対の行為をしてみてはいかがでしょうか? 笑顔、愛ある言葉……、そういった“布施”を重ねていくことで、「自分にも何かを与えることができるんだ」と気付けることができ、充足感という変化が生まれるかもしれません。

“与える”ということは、ややもすると損をする行為のように感じられるかもしれませんが、人が喜んでくれることは自分にとっても嬉しく感じられるものです。ぜひ、それを味わってみてください。

でも、KAYさんはこうして立ち止まって自分を振り返っていらっしゃるので、私はすごくいい機会だと思います。仏教の基本も、常に足下を見て自分の存在をあらためて見つめ直す、ということにあるのですよ。そういう意味でも、今のモヤモヤした気持ちに蓋をせず、新しい行動を起こしてみられてはいかがでしょうか?

いかがですか?
掬池友絢さんの回答、ぜひご参考になさってください。 
掬池さんの回答一覧を見る

PROFILE
  • 掬池 友絢さん1975年生まれ。浄土宗僧侶。ILAB(国際仏教婦人会)役員。静岡県三島市にある蓮馨寺に所属。会社員として働く一方で、仏教の良さを伝え広めるべく様々な活動に取り組んでいる。蓮馨寺で「お念仏の会」や「お寺BBQ」といったコミュニティ活動をおこなう他、月に1回、寺子屋ブッダの「友絢さんとお茶を飲む会」で女性向けお話し会の講師も務めている。著書に『泣きたいときには泣いていい』(講談社)がある。 この人の回答一覧を見る
  • 山本 奈緒子1972年生まれ。6年間の会社員生活を経て、フリーライターに。『with』や『VOCE』といった女性誌の他、週刊誌や新聞、WEBマガジンで、インタビュー、女性の生き方、また様々な流行事象分析など、主に“読み物”と言われる分野の記事を手掛ける。 この人の回答一覧を見る