理想と現実の狭間で苦しみながら厚生労働省で激務に追われる若手官僚に、将来的なキャリアと社会不安に悩まされる切り絵作家の翠、そして幼馴染を助けたことでいじめの標的になってしまう中学二年生の学級委員長。それぞれに“心の叫び”を抱えた三人の人生が交錯し始める――。原作は歌人・萩原慎一郎による『歌集 滑走路』。あとがきを入稿後に32歳の若さで突然この世を去った彼の唯一の歌集が完全映画化されました。

この映画で主演を務める水川あさみさんが演じるのは、切り絵作家の翠。キャリアの悩みだけでなく、子どもを持ちたい気持ちを自覚しながらも、高校の美術教師である夫との関係性に違和感を覚え始めているという、複雑な役どころ。コメディからシリアスな物語まで変幻自在に演じ分け、ドラマ・映画など多数の出演を重ねる水川さんに、翠を演じるにあたっての葛藤やご自身の心境、そして『女優・水川あさみ』として今、こういった世の中になって思うことについてお話を伺いました。
 

 


夫婦関係、子どもの有無、キャリア……
翠は多くの女性の悩みを集約したような存在

 

水川あさみさん(以下、水川):脚本を読んだときは、何とも言えない不穏な、ちょっと霞がかかったようなグレーがかった空気感を感じました。でも、誰もが抱えている“ちょっと人には言いたくないような”気持ちに寄り添ってくれる、そんな作品になるのではないかというふうにも思いました。完成した作品を観て、改めて映画ってすごいなって思ったんです。登場人物がいて、役者が動いて演じて台詞を喋ることで役が息をしだすと、途端に“希望”が見えてきたような印象を持ちました。

水川さん演じる翠は30代後半に差し掛かりこれからの自分のキャリアに不安を覚えながら毎日を送る切り絵作家。高校の美術教師である夫との間に子どもを持ちたいという気持ちはあるのですが、夫との関係性には違和感を覚え始めているという役どころです。翠を演じてみたいと思ったポイントはどこにあったのでしょうか?

映画『滑走路』より ©2020 「滑走路」製作委員会

水川:このお話をいただいたころ、実は喜劇や明るいお話が続いていたんです。そこにポンっと舞い込んできてくれた脚本で、「ああ、もしかして今これをやれと言われているのかな」という気持ちになったんです。役をいただけるというのは縁だと思いますし、私はそういうものを大切にしたいと思っているので、このタイミングでこれが私のもとにやってきたことに意味があるのかなって。想像できないから物語だからこそ、そこに飛び込んだら自分はどう演じるのだろうという期待みたいなものもありました。

未婚、既婚に関わらず、自分の将来のキャリアをどう築くべきなのか、社会とはどう関わればいいのか、そして、子どもが欲しいのかどうか。いつのタイミングで持てばいいのか、そもそも、本当にこの結婚相手の子どもでいいのか――。女性が抱える悩みは常に普遍的であり、あらゆる年代の方が翠の葛藤に共感できるのではないでしょうか。

水川:翠が抱えている問題は、多くの女性が共感できるというか、翠と同じように悩み不安に思う人が多いのではと思うんです。むしろ、それらの問題をすべて集約したのが“翠”という存在なのかもしれません。

物語が進む中で、水川さんが演じる翠は自分が抱えている問題のうちのひとつに、大きな決断を下すことになります。

水川:物語の真髄にもかかわってくるので詳しくは話せませんが、翠が物語の中で下した決断は、今までの彼女の人生で初めて強い意志を持って決めたことだったんじゃないかと思うんです。人生って、自分が意図したままにうまく回ったり転がったりはしないじゃないですか。だから、彼女は決して妥協でその選択を選んだのではなく、そのとき考えうる“最善の選択”をしたのだと思います。それだってとても勇気のいることだったはずです。

まさに水川さんがおっしゃったとおり、『滑走路』の中ではそれぞれのキャラクターが下すたったひとつの小さな決断が思いもよらぬ方向へ転がったり、また自分以外の人間の人生を変えてしまうことすらある、というのが映し出されていきます。水川さんご自身が日々の生活において、どういうふうに物事を決断してるのかを聞いてみました。

 

水川:歌集に「自転車のペダル漕ぎつつ 選択の連続である人生をゆけ」という歌があるのですが、まったくその通りで、私たちは小さなことから大きなことまで、一日に何万という選択をしながら生きているんですよね。でも、その中で本当に自分自身がやりたくて決めていることは案外と少ないんじゃないかなと思うんです。例えば、「こうやってあげたら相手が喜ぶかな」と相手を思う気持ちから選択したり、本心は違うけど、周りからこう見られたいという思いから決心するとか、そういうのが多々ありそうで。そこにきちんと自分らしさが加わっているならそれはいいことですし、もちろん、優しさや思いやりのうえに成り立つ選択はとても素敵だと思うけれど、自分にとって大切な何かを決めるときは、絶対に自分の意思で決めたいと思っています。

そこには「わりと直感が働いているかもしれません」と水川さんは続けます。

水川:“直感”と言ってしまうとスピリチュアルに聞こえてしまうかもしれないのですが、でもやっぱり直感は大切。ただ、もちろん選択する事柄にもよりますし、直感で判断がつかないときは「きちんと吟味していかないとダメなんだな」と思うので、しっかり考えるようにしています(笑)。


ひとりで立ち上がるのが難しいくらい凹んだときは
誰かの肩を借りて勇気をもらうことも大切です。

 

前述のように、翠が抱える問題は、女性なら誰しもが人生でぶつかってしまうものばかり。この映画に出演されて、改めて水川さんが興味を持たれた社会問題などはあるのでしょうか?

水川:今は世の中が変わりつつありますし、この状況で自分を見失いそうになったり、生きていく不安は誰しもがみんな抱えていると思います。そこで絶望するのか、逆にチャンスと捉えて踏ん張って、違うステージに移行するのか――。簡単ではありませんが、アイデアや発想力があれば、きっと踏ん張れるんじゃないかとも思うんです。人生は誰のものでもなく、自分のものだから、それをちゃんと大切にしてほしいなって。例えば、社会生活の中では、同調圧力だったり、生きづらさを感じてしまう瞬間もあったりするかもしれませんが、偽の情報にビクビクするのではなく、正しい情報に対して正しく怖がって、自分がどう判断してどう対策を練るか、というのがこれからもっと重要になると思います。

 

翠も物語の中で「誰かに否定される人生なんてない」と話します。実際にこのコロナ禍のなかで自分の人生をどう生きていくのかについて、思いを馳せた人も多いはず。水川さんが落ち込んだり悩んだりしたときは、どうやって乗り越えていくのかについて伺ってみました。

水川:自分ひとりで立ち上がるのはなかなか難しいですよね。そういうときは自分が頼りにしている人や大切な友人など、誰かの肩を借りて立ち上がり、勇気をもらうようにしています。昔は“誰かに頼ること”をカッコ悪いと捉えていたタイプなんです(笑)。でも「本当にしんどいときは甘えていいんだよ」って教えてくれた友人がいて、それ以来、支え合うことが大切だと思っています。
 

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