母親を「母親」たらしめているものは何でしょう。実際に自分のお腹で妊娠し、陣痛の痛みとともに出産した人?オッパイを飲ませ、泣けば抱っこしてあやしてくれる人?大人になるまで育て上げた人?女性限定?「夫婦」が必ずしも男女ですらない時代、その概念もまた多様化しているのかもしれません。血の繋がらない家族ーー特別養子縁組をテーマに描く最新映画『朝が来る』は、そんな時代に何を語りかけるのでしょうか?自身も二児の母である主演女優の永作博美さんが、作品を通じて考えた「本当の母親」とは?

 


「特別」すぎる日本の養子縁組
 

永作博美さん(以下、永作さん):映画の編集段階に入っているときに、河瀨(直美)監督から連絡が来たんですよ。「いま、フランスにいるねんけどな、テキストを送ったから、読んでくれへん?ここにこうやって入れたら違う感じになるかもしれないし、ちょっとはめてみたいねん」って、え、今、電話でですか? っていう(笑)。セリフを追加したり、場面を入れ替えたり、河瀨監督はこの映画に関して本当にいろいろと試行錯誤したんだろうなと思いました。

 

永作博美さんに、完成した主演最新作『朝が来る』の感想を聞くとそんな答えが帰ってきました。彼女が映画で演じるのは、夫と息子・朝斗とともに、都心の高層マンションで何不自由なく暮らす主婦・栗原佐都子。そんな平穏な日常は「朝斗を返してください」という1本の電話で、破られることとなります。「特別養子縁組」という制度で栗原家にきた息子・朝斗は、夫婦のもとに産まれた息子ではありません。

©2020「朝が来る」Film Partners

永作さん:特別養子縁組は、日本では「特別」という言葉で語られますが、海外ではまったく特別ではないんです。映画として海外の観客に見せるためには、その部分が理解してもらえるよう、多少の調整が必要だったようです。日本のように特別に、どこか「隠したい」ようなやり方は、海外では「ちょっと大げさじゃないか?」と思われてしまうんですよね。養親から養子への「真実告知」は日本でも必須ですが、外国では当然すぎることとして受け止められていますし、「片親が育児に専念することが求められるために「女性が仕事を辞めざるをえない」という流れにも「なんで女が辞めなきゃいけないの?」となる。考え方に差があるんですよね。

※編集部注:真実告知とは、養子であることを本人に伝えること。

 


きちんとした人が、対処できない事態に直面したとき


映画には二人の母親が登場します。一人目はもちろん、永作さんが演じる朝斗の養母、佐都子です。

永作さん:佐都子は読んでも読んでも裏が見えない、本当に頑張り屋さんで、何があっても自分の力できちんと解決してきたんだろうなというキャラクターです。そういうタイプって人間味がなかなか出しにくくて難しいんですが、とりあえずは目の前で起こることに反応しながら演じてゆくしかないなと思いながら演じました。

ただ、不妊の原因が夫・清和にあったこと、不妊治療を辞める決断、特別養子縁組というシステムと出会い、そこから朝斗を授かって育てるという流れの中では、ちょっとびくびくドキドキしているんですよね。これまでの人生は上手くやってきたけど、どうしよう、私、対処できていない、という感じで。特に朝斗との関係では、母親としての愛情は間違いなくあるんだけれど、なんとも言い難い隙間も感じているんです。どんなにしっかり者の人でも揺らぐことがあるし、心にある小さな穴から隙間風がふいている、というか。佐都子が人生を振り返った時に、この頃が人生の正念場だったと思うような瞬間。ここでどう踏ん張るかで、その後の彼女の人生が決まるような意識でしたね。
 

©2020「朝が来る」Film Partners

そしてもう一人は、朝斗を産んだ実親、14歳の中学生ひかりです。永作さん曰く「朝斗を通じた縁で繋がった、似たところはまったくない二人」。母親である以前に、まだ「娘」というべき年齢の彼女は、その望まない妊娠をきっかけに家族の愛情を見失い、人生を転落してゆきます。

©2020「朝が来る」Film Partners

永作さん:ひかりには、彼女を分かってくれる存在が必要だったんだろうなと思います。14歳の彼女の妊娠・出産は、周囲からは反対しかされないから、彼女が頑なになってしまうのは当たり前のこと。でもたった一人でも、ひかりの声に耳を傾けてくれる人がいたら、少しは違ったんじゃないかなと思うんですよね。渋々ではあっても、ひかりに何かしらの納得がえられていたら。彼女の人生に起こった負の連鎖みたいなものが、あっても不思議ではないと思うのは、それが個人では埋めようのない部分だから。本人すらも気づかないうちに、そうなってしまうんです。「すべてを持っていること」が必ずしも幸せだとは思わないけれど、ひかりのような存在には、 やっぱり誰かの助けの手があるべきだと思う。誰もが「朝は毎日やってくる」と思っているけれど、朝が来ない人生を送っている人もいるんですよね。


井浦新さんと撮影前に話したこと
 

「朝斗」という存在を通じて繋がった二人は、ある意味で、互いの欠落を埋める存在と言えるのかもしれません。さておき、朝斗との関係に自信を持ちきれない養母・佐都子と、血の繋がった母親に「傷物」扱いされるひかりを見るにつけ、「血の繋がり」というものに対して何も感じない人はいないに違いありません。

永作さん:私と夫役の井浦新さんは、実生活では子供の親でもあります。それで撮影が始まる前に、彼と「実子と養子の違いは、何かあるのかな」って話したんですよね。そうしたら彼は「いや、ないと思う」とはっきり言い、私も「そうだよね」と答え、「朝斗にはそのように接しよう」と撮影に入りました。佐都子は「本当の母親」だと思うんです。「本当の母親」って何なのか難しいけれど、朝斗を目の中に入れても痛くないほど愛している、そこは間違いない。思うに「本当の母親」とは何か?なんて議論しなくていい、そこを掘る必要はない。もっと言えば、全員が違う答えでいいというか。

そして男性にも大きな話だと思うんですよ。よくある「女性が子供を産めない身体だった」ではなく「男性が不妊症だった」という部分も重大ですから。映画の中でも清和の落ち込み方は大変なものですが、病院で話を聞くと、実はすごく多いし、行為自体ができない男性も増えているそうです。だからそういう部分で悩んだり思うところがある男性が見ることで、ちょっと違う勇気とか、明るい光が見えるといいなと思います。

 

永作博美 Hiromi Nagasaku 
1970年10月14日生まれ、茨城県出身。94年、ドラマ「陽のあたる場所」(CX)で女優デビュー。以降、映画、ドラマ、舞台で活躍中。『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(07年/吉田大八監督)で第50回ブルーリボン賞、第81回キネマ旬報ベスト・テン等6映画賞で助演女優賞を、『酔いがさめたら、うちに帰ろう』(10年東陽一監督)、『八日目の蟬』(11年/成島出監督)で第35回日本アカデミー賞、第54回ブルーリボン賞等9映画賞で主演・助演女優賞を、そして『さいはてにて~やさしい香りと待ちながら~』(15年/チアン・ショウチョン監督)では第17回台北映画祭最優秀主演女優賞を受賞。主な映画出演作に『人のセックスを笑うな』(08年/井口奈己監督)、『四十九日のレシピ』(13年/タナダユキ監督)、『ソロモンの偽証 前篇・後篇』(15年/成島出監督)、『夫婦フーフー日記』(15年/前田弘二監督)等がある。

 

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<映画紹介>
『朝が来る』
10月23日全国ロードショー

 

「子どもを返してほしいんです。」平凡な家族のしあわせを脅かす、謎の女からの1本の電話。この女はいったい何者なのか――。
一度は子どもを持つことを諦めた栗原清和と佐都子の夫婦は「特別養子縁組」という制度を知り、男の子を迎え入れる。それから6年、夫婦は朝斗と名付けた息子の成長を見守る幸せな日々を送っていた。ところが突然、朝斗の産みの母親“片倉ひかり”を名乗る女性から、「子どもを返してほしいんです。それが駄目ならお金をください」という電話がかかってくる。当時14歳だったひかりとは一度だけ会ったが、生まれた子どもへの手紙を佐都子に託す、心優しい少女だった。渦巻く疑問の中、訪ねて来た若い女には、あの日のひかりの面影は微塵もなかった。いったい、彼女は何者なのか、何が目的なのか──?

出演:
永作博美 井浦新 蒔田彩珠 浅田美代子 
佐藤令旺 田中偉登/中島ひろ子 平原テツ 駒井蓮/利重剛
監督・脚本・撮影:河瀨直美
原作:辻村深月『朝が来る』(文春文庫)
共同脚本:髙橋泉 音楽:小瀬村晶 An Ton That 主題歌:C&K「アサトヒカリ」(EMI Records)
制作プロダクション:キノフィルムズ 組画 共同制作プロダクション:KAZUMO
配給:キノフィルムズ/木下グループ
(C)2020「朝が来る」Film Partners
asagakuru-movie.jp

撮影/田中恒太郎
 スタイリング/古牧ゆかり
 ヘア&メイク/重見幸江(gem)
 取材・文/渥美志保
 構成/川端里恵(編集部)