こんにちは!〔ミモレ編集室〕のSatokotoraです。

――薔薇の花一本じゃ、花束とは言えないわ

ふくれっ面の千尋が、車の後部座席でそうこぼす。

スタジオジブリの長編アニメーション映画『千と千尋の神隠し』の主人公・千尋は、引越しを受け入れられず憎まれ口ばかりの少女として登場します。

2020年9月よりスタジオジブリが場面写真の無料提供をスタートし、話題になっています。その画像を使用してスタジオジブリ作品の魅力を改めてご紹介します。©スタジオジブリ


ところが引越し道中に紛れ込んだ不思議の世界で、異形の神々を迎える湯屋で働くハメに。

 

――確かに働かせてくださいとは言ったけど、これじゃまるで『千と千尋』だよね

そう言ったのは、職場の同期でした。私たちは当時、泣く子も黙るブラック企業で働いていました。

そう、奇怪な世界で千尋を襲う理不尽は、なぜか現代の私たちにとっても他人事とは思えないのです。

作中の名セリフを振り返りながら、「誰かに仕える」すべての女性に通じる、リスクとチャンスを考察します。
 

「ここで働かせてください」

 

働かない者は動物に変えられてしまうこの世界で、千尋が湯婆婆に雇ってほしいと食い下がった時の一言。

©スタジオジブリ

生き延びるため、働かせてほしいと懇願する千尋の姿は、必要に迫られて大人になる私たちに重なります。

何ができるか、何をしたいかもわからぬまま、組織や家庭に仕えることを強いられる。

少女のふくれっ面はもう、許されない。

気働きを常に要求され、勇気を出して自分から動いた挙句、理不尽な役目を押し付けられるなんてことも。

©スタジオジブリ

「人間臭い」と異界の住人に鼻をつままれた千尋のように、女性だからと言われのない扱いを受けることも、あるかもしれない。

「辛くても、耐えて機会を待つんだよ」と、優しく肩を抱いてくれるハクは私たちにはいないけれど。

それでも自分の頭で考え課題をこなしていくうちに、いつしか居場所ができ、味方が増えていきます。

なぜ働くのかを知らぬまま社会に押し出されたとしても、働く意味は後から与えられるのです。


さて、新しい生活に慣れ始める頃、千尋は招かれざるお客を湯屋に呼び込んでしまいます。

土くれの金につられて近づいた者を呑み込むカオナシは、千尋に執着し、「何がほしいか言ってごらん」と詰め寄ります。

それに対し、千尋が毅然と言い放ったのは……。
 

「私がほしいものは、あなたにはぜったい出せない」

©スタジオジブリ

自分の居場所を見つけホッと一息つく頃、胸の奥から欲望が首をもたげます。

お金や地位が欲しいは、まだ序の口で。

認められたい、感謝されたい、褒められたい。

誰かの心で自分を満たしたいという欲望は、底なし沼のような口を開いています。ふっと落ちてみたい誘惑にかられることも。

でも落ちるとそこは奈落。他人に振り回されるばかりで、自分らしくいられなくなります。

「欲しがれ(そしたら丸呑みしてやる)」と念じるカオナシが、ほら、あなたの隣にも……。

©スタジオジブリ

寂しさに悶えるカオナシを笑えないのは、欲望が、海より深い欠乏感の裏返しだと、どこかで知っているから。

欲望の向こう側にある満たされなさを救えるのは、自分だけと心得て。

他人に幸せにしてもらおうと期待せず、自分を保っていれば、誰かに仕えていたつもりが、いつしか自分のミッションのために働くという意識に変わっていきます。

その頃には心の隙間に忍び込むカオナシも、飼い慣らせるようになっているはず。
 

「本当の名前はしっかり隠しておくんだよ」

 

――名を奪われると、元いた場所への帰り道がわからなくなる

湯婆婆に名を取り上げられた千尋に、ハクは忠告します。

©スタジオジブリ

社会の中で、あるいは家庭の中で。誰かのために働くことは、個としての自分を殺して、仮の姿で生きることかもしれません。

キャリアを確立し、家庭を回し、成功体験を積み上げたとき、落とし穴は忍び寄ってきます。

充実した人生を築いたとしても、社会での肩書きや、母や妻や娘という役割は、あくまで仮の名前。いつか手放し、元いた場所に帰る日が来るのです。

そのときに後悔しないためには、役割を果たしている時だっていつだって、本当の自分を大切にするしかないのです。
 

千尋が帰った場所はどこ?


千尋が迷い込んだときには異様だった世界が、映画終盤に近づく頃には馴染みの場所に感じられませんでしたか?

©スタジオジブリ

さて、千尋の旅した世界は幻だったのか。それともあちらが、私たちの生きる現実なのか。

女の人生は、魑魅魍魎の国への冒険。

千尋が戻ったのは、人生という冒険を終えた後の世界だったのかも、と勘繰りたくさえなります。

職場の窮地を救い、愛する男を守り、両親を助けた千尋は、どんな困難も切り抜けました。

映画冒頭からは想像つかないほど立派に成長して、元の世界に凱旋してもいいはずなのに、相変わらず、どんくさい10才の少女のまま。

蛙にこき使われ、カオナシにつきまとわれ、湯婆婆にいびられる――そんな抜き差しならない冒険の渦中にいる女性たちへ。

©スタジオジブリ

ふくれっ面もするし、時には寂しさに涙する、どんくさくも天真爛漫な少女が、あなたの中にいます。

大団円はまだ先だけど、いつでも本来の自分を抱きしめて、たまには心からの花束を贈ってみてください。

痛みも惨めさも愛も喪失も知ってなお、無邪気でピュアなその存在は、100万本の薔薇に値します。

さて、あなたの本当の名前は何ですか?

Satokotoraさん

海や水辺と活字が好きです。国際結婚の別居婚、子供たちも含めて日本-海外の多拠点家族生活中。はまっているのは最近息子と始めた乗馬。ワークアウトと断捨離が癒し。ファッションも社会問題も、世の中の今の空気に関心あります。働く場所にとらわれない軽やかな生活を模索しています。


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