助けを求めるのは恥でなく、勇気ある行動
「美穂……!!!」
外苑前のカフェにやってきた瞬間、早希は切羽詰まったような表情でハイヒールを鳴らし足早に駆け寄ると、美穂を強く抱きしめた。
「家を出たってどういうこと?何があったの?みーくんは大丈夫なの!?」
その真剣な眼差しに、つい目頭が熱くなる。
どうして今まで、これほど自分を心配してくれる親友の声を否定し続けていたのだろう。自分の判断基準がすっかり狂っていたことが、今さらながら悔やまれてならない。
あの日、表参道の自宅を出たあと、美穂は早朝から洗足池の実家に向かった。
これまでどんなに夫について悩んでも、実家を頼ることはほとんどできなかった。
両親は比較的高齢で一人娘の美穂を授かり、もう70代半ばを過ぎている。税理士である父親は小さな事務所を経営していて、今は他の従業員に大方は任せているものの、まだ完全に引退はしていない。
そんな父を支える母もいつも忙しそうで、両親に弱音を吐くのは悪いことのように思えたのだ。
けれど他に行くあてもなく突然実家に舞い戻った娘の事情を聞き、両親は手放しで湊人と美穂を迎えてくれた。むしろ母は今まで美穂が口を閉ざしていたことを叱り、さらに涙ながらに「ずっとここで暮らせばいい」とまで言ってくれた。
そして家を出たことを早希に報告すると、彼女はいつもの勢いで「すぐ会いに行く」と言ってくれたため、今夜は美穂が早希の仕事場近くまでやってきたのだ。
「心配かけて本当にごめんね。大丈夫だよ、今は実家にいるから……」
一部始終を報告する間、早希はオーダーしたコーヒーに口をつけることもなく、ずっと美穂の手を握ってくれていた。
ところどころで、どうしても目が潤んだり声が詰まってしまう。すると早希も同時に目を赤くし鼻をすすった。
過去の思い出がデジャブのように蘇る。
学生時代に彼氏の浮気が発覚したとき、CA時代に仕事で失敗したとき。早希はいつもこんな風に美穂の話を親身に聞いてくれた。
40歳にもなって全く成長のない自分にあきれてしまい、つい笑いが込み上げる。
「どうしたの?何で笑ってるの?」
ハンカチを鼻にあてたまま、早希が眉を寄せる。
「ううん。私、ほんとに馬鹿だなぁって思って。“幸せな家庭”に執着してたのに、こんなことになっちゃって……」
「……美穂は馬鹿なんかじゃない」
早希は握った手にさらに力を込め、強い口調で続けた。
「美穂は馬鹿なんかじゃない。ぜんぶ、家族の幸せを守るためだったんだから。美穂ってか弱く見えて本当は強いんだわ。みーくんを連れて家を出るのもすごく勇気がいったと思う。だけどこれからは一人で我慢しないで。私は美穂の味方だし、美穂を応援する。必ず力になるから」
もう、涙をこらえることはできなかった。
美穂はしばらくの間、人目もはばからず泣き続けた。
衝動に任せて家を出たものの、「こんなの無謀だ、無理に決まってる」という不安は常に美穂につきまとっていた。
1人で湊人を育てられるわけがない。職は?住む場所は?学校に塾……湊人の将来は?不安は無限に湧いてくる。
けれど両親も含め、美穂にはちゃんと頼れる仲間がいた。
もう、1人で頑張る必要はないのだ。
1人で頑張れば頑張るほどほど孤立し、破滅を招くことはよく学んだ。
「助けて」と声を上げることは、決して恥ずかしいことじゃない。むしろ勇気のある行動なのだと、自分を褒めるべきなのだ。
美穂は早希の手を握り返しながら、人に頼ることの温かさと幸せに、心から感謝した。
美穂のもとへ駆けつけた早希。「話がある」と誘われた年下カメラマン・隼人とのその後は……?
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