自分の「選択」を「正解」にするために必要なもの
その日は明け方に目が覚めてしまった。
薄暗い寝室で、まだ寝息を立てている息子の頰を撫でる。
数時間後、とうとう1回目の離婚調停のために家庭裁判所へ向かう。
湊人のために自分ができることは何だろうと、家を出てから何度も何度も考えた。
離婚の意思を固めたとはいえ、こんな風に無垢な顔を眺めていると、親同士で争うなんて酷いことをしている気持ちにもなる。
けれどやはり、貴之との夫婦関係は一言で言えば「不健康」だった。いくら表面上を取り繕ったとしても、きっと長続きはしない。湊人のためにもならない。
だからこそ、どんな形であれ「健康」な状態を取り戻すのが息子のためにできる一番のことだと思う。
先日の透との会話も、その後よく考えた。
これまでは子持ちの自分が恋愛感情を持つ権利はないし、絶対にあってはならないことだと思っていたが、経済的にも精神的にもしっかり自立したうえでなら、まだ長い人生の中で、美穂自身の楽しみを得ることもできるかもしれない。
結局、すべては自分次第なのだ。自分の意思を決め、選択をする。そして、その選択を自分で「正解」にしていく必要がある。
そのためには時に戦う必要もあるし、自由には責任が伴う。
これまでは夫の付属品として生きていたが、美穂は自分の人生を取り戻すために、今日、いよいよ行動に移すのだ。
湊人を学校へ送り出してすぐ、身支度を整えて予定の時間よりも早めに家庭裁判所へ向かった。
調停委員の心象をなるべく良くするため、服装やメイクにも気を遣い、清楚な印象を心がけてネイビーのワンピースを選んだ。
調停では離婚に向けて話し合いが始まるが、夫と顔を合わせる必要はなく、別部屋で話が進んでいく。調停は月に1回の頻度で行われ、成立まではどんなに早くても数ヶ月、長ければ1年も2年も続くこともあるし、もちろん「不成立」になることもある。
けれど弁護士は今の状況は比較的美穂に有利だと言ったし、必要な書類は様々な役所を回りなんとか揃えることができた。
モラハラの証拠は過去のLINEからいくつかピックアップできたし、また別居直後に夫から大量に届いたLINEの中にも「手を上げてすまなかった」との一文があり、これもDVの証拠になるそうだ。
発言や応答についても何度も練習した。あとはなるべく心を落ち着けて調停に臨むだけだ。
家庭裁判所では弁護士と落ち合い、事務手続きをして待合室に向かった。
待合室での会話は控えようと事前に話していたため、美穂は持参した小説を読もうとしたが、緊張で内容が全く頭に入らない。それよりも、ここにいる他の人たちもそれぞれ家庭に問題を抱えているのかと思うと複雑な気分になった。
名前を呼ばれ個室に入室すると、緊張がピークに高まり心臓が大きく高鳴る。
男女の調停委員二人がそれぞれ自己紹介をしてくれたものの、これもあまり頭に入らず、美穂が自己紹介をしたときも声が震え、頭が真っ白になりそうだった。
いよいよ話し合いが始まる。
今日この場で離婚が決まることはないが、第二の人生に向けて大きな一歩を踏み出すのだ。
美穂は唾を飲み込み、深呼吸をして姿勢を整える。
ところがこのとき、予想外の出来事が起こった。
「実は……まだ相手方が裁判所に来ていないのです」
男性の調停委員が、困ったようにそう切り出したのだった。
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