ミモレ読者の皆さま、こんにちは。

ミモレ編集室では様々なライティングを学んでいます。今日は、講座内で取り組んだインタビューを掲載します。インタビュー相手はわたしの母です!

昨年、ミモレ記事に掲載されていた『未来の年表』著者・河合雅司さんの記事はご覧になりましたか?

『未来の年表』著者・河合雅司さん「コロナと少子高齢化が女性の働き方を変えていく」#コロナとどう暮らす 

現在、すでに日本女性の約3人に1人が65歳以上の高齢者です。もっといえば、今年、日本女性の過半数が50歳以上になりました。まさに「おばあちゃん大国」となるわけです。現実的に、これからの人口減少社会では、男女問わず70代くらいまでは社会の中心にいて働くことが当たり前という世の中になっていきます。

人生100年時代と言われる今、まさにそろそろ50歳を迎えようとする私自身もセカンドキャリアを模索中です。新しい時代の女性の生き方としての見本はいないかしら。と思ったら目の前に!私の母の生き方からセカンドキャリアを模索するミモレ世代のキャリア形成のヒントを探っていきます。

■73歳の今も現役!50歳から新たなキャリアをスタートさせた母の生き方


ーー40歳からのキャリア経歴をお聞かせ下さい。

次女が高校入学と同時に、準大手ゼネコンの契約社員として40歳で働き始めました。50歳までに一生働ける仕事に変えると決めてスタート。ちょうど50歳で退職し、夫と二人で自宅でカイロプラクティックの施術院を開業。美容カイロの資格を取得し、自宅とは別に60歳でサロンを持ちました。今は後進の指導を中心としながら週2回施術も行っています。

ーーキャリア形成の構想はいつ頃から持たれましたか?

主人が38歳で突然、くも膜下出血で倒れ、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされました。長女は小学校2年生、次女は幼稚園年長さんでしたが、自分には何も技術や資格がないことに気づきました。いつか精神的にも経済的にも自立しなければと思ったのが34歳です。

■起業条件20項目をメモ書きし、お財布に入れて持ち歩いた40代後半

ーーカイロプラクティックを生涯の仕事として選ばれた理由はなんでしょうか?

一生涯出来る仕事として、起業する場合の条件を20項目掲げ、退社3年前くらいからいつもお財布に入れて持ち歩いていました。お財布に入れておけば、頻繁に目にしますからね。コンセプトは“働く女性をサポートする仕事”。
当時はまだコンビニもなかったのでお弁当やお惣菜をお届けとか、お掃除サービスとかも考えましたが、自分があまり得意な分野でないと気づきました。
ちょうどカイロプラクティックを始めた知り合いに練習したいからと誘われ、施術を受けに行ったらパンパンだった肩が一気に楽になり。これだ!と思いました。
肩こりに関しては諦めていたので治る事にも驚きでした。女性は、育児、家事、仕事、多くのことを担っていて皆、一様に疲れています。
気軽に通えて、ちょっとおしゃべりし、身体も楽になる、それが自宅で出来れば素敵だなと思い決めました。

■ワクワクしながらの退職だった

ーー安定し、恵まれた環境の会社を退職し、独立。不安はありませんでしたか?

仕事は死ぬまで続けていきたいと思っていたので、焦る必要はなかったです。子どたちはすでに経済的には独立していましたから、上手くいかなければ、辞めればいいし、得た技術や知識までは無くならないだろうと、ワクワクしながらの退職でした。

ーー会社員から自営業に変わり、良かったこと悪かったことはありますか?

自宅を拠点にしていた為、公私の区別が曖昧で24時間仕事の感覚。なので、気分転換を兼ねて、良く旅行に行くようになりました。時間の融通が利くのは良い点ですね。特に好きなのは日光。お気に入りのステーキハウスがあり、食べに行くためだけに日光に行ったりします。海外へは年に1、2回出掛けます。
最近は沖縄が気に入っています。

三世代で馬車に乗ってウィーンの街を散策 父74歳 母70歳
 
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