時代の潮目を迎えた今、自分ごととして考えたい社会問題について小島慶子さんが取り上げます。
6月5日は世界環境デー。これ、1972年に日本の提案を受けて国連で定められたのだそうです。ご存知でしたか?私は、迂闊にも知りませんでした。
今年2021年から2030年までは「国連生態系回復の10年」。SDGsの14項目と15項目も、「海の豊かさを守ろう・陸の豊かさを守ろう」とあります。まさに複雑な生態系があってこその、私たちの命です。
荒れ果てた土地や破壊された沿岸部、プラスチックゴミが溢れる海中などの環境を、元のように自然の摂理が働く状態に戻すには、大変な時間と人手がかかります。だけどそれは新しい雇用を生み出すことにもなります。植林などさまざまな活動によって、9兆ドルものサービスを生み出すことができるのだとか。農業も漁業も、健全な生態系が維持されなければ持続できません。人間が生きるためには、他の生き物たちのいのちの連鎖を守らないといけないのですね。
自然は、本当に気が遠くなるほどの年月をかけて、複雑な仕組みを作り上げています。壊すのは簡単だけど、元に戻すのは至難です。
3年前、世界自然遺産の西オーストラリア・シャーク湾を家族で訪れました。私が子どもの頃から、ずっと憧れていた場所。我ら生きとし生けるものの大恩人さまが生息する、とても貴重な場所です。
中学生ぐらいの頃に見たNHKのドキュメンタリー番組で、ストロマトライトという、海辺に並ぶ岩のようなものを紹介していました。一見するとキノコ型の椅子のようですが、シアノバクテリアという微生物の塊です。数十億年前の原始の地球で、シアノバクテリアが酸素を作り出し、それが海に溶け、やがて溶けきれなくなって大気中に放出され、地球の大気が今のようになったというのです。酸素は生き物にとっては毒にもなるので、それに適応した生物が進化し、今に至るのだとか。
つまり、今私たちが生きているのは、35億年前にコツコツと酸素を吐き出してくれたシアノバクテリア様たちのおかげ。テレビでそれを見て感動した私は、是非いつかお礼を言いに行きたいと思いました。それから30年あまり。念願叶って息子たちと夫と共に訪れた海岸は、今では世界に数カ所しかない、貴重なストロマトライトの保護区です。海水の塩分濃度が高いので、他にはほとんど生き物が生息できません。限りなく透明な遠浅の海に黒っぽい岩がポコポコと広がっている様は、本当にまだ動物や植物が登場する前の原始の地球のようでした。波がなく、あたりはシーンとしています。きっとこんなふうに美しく静かな世界が、何十億年も続いたのだろうなあと思うと、タイムスリップしたようでゾクゾクしました。
ストロマトライトにじっと目を凝らすと、表面の黒いモヤモヤした毛の間に、数の子の粒ぐらいの小さな小さな気泡がいくつもくっついています。おおこれが、シアノバクテリアさまが光合成して作り出したフレッシュな酸素!こんな小さな酸素が海水に溶け出し、溶けきれなくなってやがて大気中に放出され……と考えると気が遠くなります。
遠い遠い昔に、こうして酸素が作り出されなければ、私たちは存在できませんでした。胸いっぱいに空気を吸い込み、そのありがたみを噛み締めます。息子たちと夫にも「君たち、シアノバクテリアさまにお礼を言いたまえ」と言って、一家四人で海に向かって「ありがとうございます!」と頭を下げてきました。
現在シャーク湾にあるストロマトライトは数千年かけて成長したものと見られています。他は環境の変化などで大部分が姿を消してしまいました。自然を人の手で壊すのは一瞬です。
岩を踏みつけたり、ブルドーザーで掘り返してしまえば、長年コツコツと重ねた努力も文字通り水の泡になってしまいます。海岸に立ってそれを想像した時に、ニュース映像で見た海の埋め立てや海洋汚染の有り様がぎゅうっと胸に迫って、ドキドキ苦しくなりました。
そういえば、私は輪廻があるなら来世はシロナガスクジラに転生を希望しているんだっけ。このまま海がプラゴミだらけになっては、来世の自分が飲み込んで苦しむことになりかねない。それ以前にシロナガスクジラが絶滅して、輪廻が叶わなくなるかも!と、死後のことまでもが急にリアリティを増して、自分ごととして感じられるようになりました。
6月は環境月間。今はコロナで旅に出ることはできませんが、ぜひ近場の自然と触れ合って、どれだけお世話になっているかを想像してみて下さい。近所の公園の木だって、二酸化炭素を取り込んではせっせと光合成し、酸素を吐き出してくれていますからね。お礼の一言も言わねばなりません。環境保護活動の第一歩は、まずは感謝の気持ちから。これから10年で、健全な生態系を回復するために、本気のご恩返しを加速させましょう。
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