こんにちは。週のまんなか水曜日、みなさまいかがお過ごしですか?

最近、新しいお皿をお迎えしました!
波佐見焼の「sen(セン)」さんの「Doily」というシリーズのものです。

以前、友人からもらったマルタ島のレースにのせてみたら、編み模様の相性がかわいくてしばしうっとり。


引越しで食器を置くスペースが少なくなったので、汎用性の高いサイズ感のものが欲しくて。あと、レンジでチン♪が出来ることも大事!
カレーにもパスタにもワンプレートご飯にも活躍してくれそうです。大切に使いたいと思います。


そんな訳で、今日はお皿のお話です。

母が最初の病気をしたばかりの頃のことです。

後遺症で、左手に麻痺がのこりました。母は右手が利き手なので、「な〜んだ良かった〜」と思ったのも束の間。人間の手、2つあるのにはちゃんと意味がある。

ボタンができない、ペットボトルの蓋が開けられないなど、次々と「できない」にぶつかります。

「普通に生活をすることがリハビリ」という先生の言葉に背中を押されて退院した私たち親子は、新しい「できない」と出会うたびに、練習したり工夫をしたりの繰り返しでした。


ある日、私が居ない間に、母はお皿を洗ってみようとしました。
いつも流しの前に用意してある椅子に座って、スポンジを右手に持ち、動かしにくい左手はそっと添える程度にお皿をゴシゴシ。

スポンジを置き、右手で蛇口をひねってお水でさーっと流したあと、主婦歴30年、それまでのクセで、左側にある水切りかごに、無意識に左手で置こうとしたそうです。

力の入らない左手から、お皿が落ちます。


私が家に帰ると、お皿割っちゃった、とへこむ母。

食器を洗わずバタバタと出かけたことにへこむ私。

怪我をしなくてよかった。(血液をサラサラにするお薬を飲んでいるので、怪我は禁物です!)


さて、とは言え、へこんでもいられません。


「出来ないからお皿は洗わない」ではなく、「めんどくさいからお皿は洗わない」くらいがちょうど良いもの。


入院中は、プラスチックの食器を使っていました。軽いし、たしかに安全。でもどこか味気ない…

2人で食事をしながら、ふと、私は学校の給食を思い出しました。あれ?学校の給食ってガラス食器じゃなかったっけ?

そう、割れない食器「コレール」を使っていたのです。

 


コレールはアメリカで生まれたガラス製食器で、軽くて割れにくい食器です。サイズも色々と豊富で、カレー皿やサラダボウルもあります。

コップが無いのが唯一残念でしたが、これなら、デザインも色々あるし、プラスチックの食器よりもグッと自然な感じがします。


かくして、我が家の食器棚にはコレールが増え、母には「お皿を洗う」という、日課ができました。
もちろん、おさぼりOKです!

 


きのうは、新しいお皿でカレーを食べました。

母が亡くなって3年。最初は、いきなり自分の手元に戻ってきた多くの時間や、「自分の人生」をどう扱ったらいいのか分からず、今振り返ってみれば、迷子のような毎日でした。

今は少しずつ、「母との暮らし」から「自分の暮らし」にピントを合わせてきているところです。

まずは食べる。とりあえず生きる。
少しずつではありますが、「暮らす」ことができるようになってきたのかな?と思う今日この頃です。


さて、今晩もカレーだ!