おはようございます!


蒸し蒸しした日が続きます。道を歩けばセミの亡骸、日が落ちれば虫の声⋯⋯暦の上でも気分の上でもすっかり秋なのですが、ここにきてラストスパートをかけてきてる残暑がうっとおしいような愛しいような、ふくざつな気分。


プールも行ったし、浴衣も着たし、花火もした。でもなんだか不完全燃焼な今年の夏。遠出ができないうえ、日々の外出にもちょこっと緊張してしまい、解放感がなかったから余計にそう思うのかもしれません。


コロナと迎える夏も二度目になり、それ以前どうやって過ごしていたか思い出せないので、アルバムを見返してみました。

ベランダでプール遊びをする長男次男。保育園のお友だちを招いて遊んだことも。
庭がある家に引っ越したので、ビニールプールもグレードアップ!せまかったですが緑と土がある空間に気持ちが安まりました。コロナのときにこの家に住んでいればよかったのにとつくづく思います。家族全員気に入っていましたが、大家さんの都合で更新できず⋯⋯
日本に遊びにきた夫の友人家族と河口湖に泊まって、夜はBBQと花火。友だちと家族ぐるみで旅行できるのは、まだまだ先になりそうですね。

けっきょくコロナ前も水遊びしたり、花火したり、とやっていることはあまり変わらないのですが、いちばん大きな違いは同居家族以外の人と気軽に会えたことかも。


家族全員で東京に住んでいたのは、長男が生まれる直前から家族半分がシンガポール移住するまでの10年あまり。その間4回引っ越しましたが、住んでいたのはだいたい同じエリアで、商店街の人と顔なじみになるような下町っぽさが残る街でした。


今では考えられないようなことですが、当時は保育園の先生が仕事あがりに店で飲んでるところに、子どもを連れた夫がご一緒するなんてことも。

外から見えるカウンターで、先生を見つけると子どもたちが駆け寄っていきます。先生には迷惑だった気もするけど牧歌的な時代でした。このときの先生は、三男が保育園にお世話になるときには園長さんになられていました。

上の写真はどれも長男次男がまだ小学校に上がっていないころ。私は仕事が多忙で平日夜は家にいないことが多く、年中寝不足。夫は自分も働きながら育児をメインで担当していました。

保育園のお迎えのやりくりは自転車操業、そして文字通り息子たちを乗っけて西に東に電チャリを飛ばす毎日。

子どもという世話が焼けるメンバーが家族の半数をしめるのだから、夫と私のあいだでは常に負担の押しつけあい。夫婦ともに疲弊しきって家は荒れ、顔を合わせれば口論に。

それでも休みの日にまで夫に子どもを押しつけると余計もめるし、子ども2人をみるには大人が2人いた方が楽との現実的な判断も手伝い、週末は家族4人で過ごすことが多かったです。あ〜、ひとりカフェでのんびりする時間がほしいのに。

夫婦がイライラしているので家のなかは平穏とは言えない状況でしたが、休みに家族で出かけると、お店の人に「仲良し家族だね」と声をかけられたりする。きっと外国人の夫のフレンドリーな性格のせいだろうと、「ほんと、外ヅラだけはいいんだから」と、私は内心面白くなかったのでした。

今は別居しているので相手に期待しようもなく、期待しなければ失望もしなくていいし、よけいな衝突がなくてほーんとに楽。だから別居は良いことづくし。

と、思っていたけれど。

あらためて4人で過ごした日々の写真を見返してみると、やだ、なんか、キラキラしてる(笑)。

もっと仕事に打ち込みたいのに、もっと自由な時間が欲しいのに⋯⋯と、当時は重荷にすら感じていた家族。

だけど今考えると、私、一緒にいたかったんだな、と思います。「休みの日くらいひとりになりたい」と言いながら、仕事場から離れられる休日にはいそいそと一緒にいました。母親らしいことはあまりしてあげられず、子どもがそのまま大人になったような私でしたが、「家族なんて」と思ってるくせに、彼らと一緒にいたくていたくてそこにいたのです。怒りながら、喧嘩しながら。

お互いたぶん好きだったし、好きでいたいのに、暮らしという難題にぶち当たって関係が悪くなってしまう。そういうことって子育て家庭に限らず、人と同居するときにはめずらしくない気がします。だから家族って切なくて当たり前。

家庭がうまく回らず、ただただ大変なだけだと思ってたあの頃を振り返ると、ひどく身勝手に、でも未熟なりに家族を愛していた自分に思い当たります。

「仲良し家族だね」っていうのは夫の愛想の良さだけではなく、そんな私の家族への愛着をも言いあらわしていたのかもしれません。

美化された苦労話や、「後で思い返したら良い思い出だから」なんて役に立たない励ましは言いたくないし、自分も聞きたくない。

けれども、どうしようもなくつらくてみっともないことが、同時に、かぎりなく輝いていたりする。そんな不思議が起こるのだから、出来事の価値は渦中にいてはよくわからないものだなと思います。

そしてそのことに、かすかな希望を感じるのです。

「共に過ごした時間は、泡のように消えていく。大人になった我が子の存在以外、何も残らない。そのうち、家も出ていく。彼らの心の中に、この家族と過ごした時間が消えない雪のように積もっていてくれればいい。」
大平一枝さんが、ご自身の23年間の母親業をエッセイでつづった『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』。家族との時間の切なさとあたたかさがあふれていて、読むたびに励まされます。
足早に過ぎ去っていく子どもとの日々をなごり惜しんだところで、子どもに100パーセント寄り添えるものでもなく、夕食さえ毎日きちんとつくれず、たいしたこともできていないというくだりは、「なんだみんな同じか」と思ってほっとするのです(笑)。