女の人生には、語られなかった密やかな「物語」がある。
 
言いそびれた言の葉たち。いつしかそれは「優しい嘘」にかたちを変える。
 
そこにはきっと、彼女たちの「守りたいもの」がかくれているのだ。
 
これは、それぞれが抱いてきた秘密と、その解放の物語。

美しき大黒柱の43歳に突然届いた、非情ながん検診結果。その時彼女がとるべき行動とは?_img0
 


第1話 瑤子(大手外資系メーカー勤務・43歳)の話【前編】


「瑤ちゃん、お弁当できたよ。スープジャーはおうどんのつけ汁だから、気をつけて開けてね」

 

妹の春奈が、手早くお弁当を包んで渡してくれる。

午前7時30分。プレゼンがあるから、いつもより早く出社しなくてはならないのに、つい気合いをいれて身だしなみを整えてしまった。

瑤子が慌ててリビングを右往左往するのを、春菜とその娘の英梨花があきれながら笑って見守っている。

中学1年生になった英梨花は、私立中学に通っていて、自慢の制服はいつだって皺ひとつない。
前の日に、自分でブラウスやスカートに丁寧にアイロンをかけていて、ついでに瑤子のハンカチも準備してくれる。

「はい瑤ちゃんハンカチ。今日のおうし座のラッキーカラー、グリーン! これでプレゼン成功間違いなし」

「英梨花~! 可愛いこと言っちゃって、ありがと、今日うまくいったらケーキ買って帰ってくるからね!」

瑤子が思わず英梨花のサラサラのボブヘアに指を差し入れてかき回すと、最愛の姪っ子はくすくす笑いながら身をよじった。

「やったー! シャインマスカットがのってるやつがいいな」

瑤子は、妹と姪に見送られ、張り切って高輪のマンションを出発した。

この2LDKの中古マンションを買ったのは5年前、38歳のとき。頭金をガツンと入れたとは言え、20年ローンを組んだときは震えたものだ。

……まさかその後、さらに二人も養うことになろうとは瑤子も予想だにしていなかったけれど。