年下彼氏と付き合う43歳の本音


「彰人、お仕事お疲れ様。はい、差し入れだよ」

「ありがとう。ピンポンなんかしないで、鍵あけて入ってきていいのに」

彰人は仕事をしていたのだろう、デスクにはコーヒーカップがいくつも並んでいた。

「仕事忙しい? 気にしないで続けてね、私適当にやってるから」

「大丈夫、瑤子さん来るから今夜は仕事しなくて済むように頑張った。もう終わるよ。泊まっていけるよね? Uber来るまで、よかったらお風呂ゆっくり入って。雨で冷えたでしょ」

WEBデザイナーの彰人とは、2年前に彼が瑤子の会社の広告制作担当になったことで知り合った。

瑤子は当時広報にいて、何度も顔を合わせているうちに親しくなり、飲みに誘われるようになる。

そこで初めて、彰人は瑤子が40代だと知ったらしい。最初は同い年くらいなのにトラブルにも落ち着いているところに感心して、気づいたら好きになっていたと照れくさそうに言っていた。

 

とはいえ、8つも年下の、腕も人望もあるWEBデザイナーが、ずっと自分のそばにいてくれるなんてさすがに思っていない。

 

もちろん彰人が、遊びで女を扱うタイプでないことはよくわかっていた。だからこそ、気持ちが離れたら正直に瑤子に告げるだろう。

二人とも、蜜月が終わったときは誠意をもって行動するタイプなのだ。だからこそこれまで独身なのかもしれなかった。

遠慮なく、彰人が沸かしてくれたゆずの香りの一番湯につかり、瑤子はぼんやりと天井を見つめる。

病気のことを、彰人に告げるつもりはない。

彰人には、春奈や英梨花と同居して養っていることも打ちあけていなかった。ただ、事情がある妹と姪っ子が、学校が近いためにひんぱんに泊っているからと嘘をつき、デートは外出するか、彰人の家だった。

彼を瑤子の家に呼んだのはほんの数回、二人が旅行や帰省で不在のときだけ。よそのうちの込み入った事情を、年上の恋人から告げられても彰人だって困るだろう。

がんのことだって同じだ。居心地の良さだけで成り立つ関係性で告げるには、病名がシリアスすぎる。

お風呂でほかほかになってリビングに戻ると、彰人がデリバリーの料理に加えてサラダやスープを作り、並べてくれていた。

「お互い仕事忙しくて久しぶりになっちゃったな。今夜はゆっくりしよう。瑤子さんちゃんと食べてるの、また痩せてない?」

「わわ、アボカドと海老のサラダおいしそ。ありがとう彰人。そうなの、ちょっと最近バタバタしてるんだけど。……そのうち長期出張なんかもありそうで」

瑤子の頭に手術のことがよぎる。傷口は小さな穴が数か所くらいですむと思う、と先生は言ったが、少なくとも1カ月程度は会えないだろう。伏線を張っておこう。

もちろん隠しとおすことはできないだろうが、無事に終わってから、さらっと「じつはちょっとデキモノをとったの」くらいに報告したかった。

「無理はダメだよ。ほら、ちゃんと野菜食べて」

久しぶりのデートで、美味しい店を予約しようと瑤子は提案したが、彰人が家でゆっくり、と呼んでくれたのは多忙な瑤子を気遣ってくれたのかもしれない。

合鍵は半年くらい前から受け取っていたが、それを使って我が物顔で入りびたるほど、瑤子は若くなかった。彰人はそれが不思議らしい。

きっとこれまでの彼女たちは、彰人のような男に鍵を渡されたら有頂天になり、生活をすぐにいっしょくたにしたのだろう。そんなことまで予想ができてしまうほど、いつの間にか大人になってしまった。

「大好きだよ~彰人。結婚して、奥さんにしたいくらい」

「なんだよーメシ目当てか? 体か?」

彰人は嬉しそうに目を細めた。そうしていると35という年齢よりさらに若く見える。

冗談なら何でも言える。

たとえ全部話せなくても、一つだけ本当なんだよ。あなたが大好き。

瑤子はダイニングに座る彰人を後ろから抱きしめながら、ぎゅっと強く目を閉じた。