おはようございます!

毎日に制約が増えたこの1年間半を振り返ると、不便はあったけれど、通勤や外食がなくなって時間に余裕ができたのはよかったなと思います。一方で、旅ができなくなったことが、ここにきてボディブローのように効いてきました。

シンガポールにいる家族に会いに行けないのは困るのですが、短期的にはしかたないと諦めがつきます。「家族に会いたい」とか「ビーチでだらだらバカンス」とかは、無いなら無いで意外と平気なものですね。

でも旅がしたいっていうのは、そういうことじゃなくて。家族訪問とかでなく、”旅らしい旅”がしたかったんだとようやく気づきました。

シンガポールには家族が住む家があり、子どもたちは学校に通い、私も夫や子どもの友人知人と交流があります。ぜんぜんアウェイじゃないのです。久しぶりに子どもたちに会うので、授業はついていけてるのか、友達とうまくやってるのかとかばかり気になり、日本にいるときよりも日常感は強かったくらいで、これが旅かと言われると微妙。

じゃあ自分にとっての旅の原型ってなんだろうと考えてみると、フランスに暮らしていた頃のひとり旅に思い当たりました。

パリがあまりにもきらびやかで忘れられがちですが、あの国は広大で豊かな田舎が真骨頂だと思っています。

村から村へ移動するときは日が落ちれば街灯もなく、頼りになるのは車のライトと地図だけ。ホテルならともかく、人里離れた chambre d’hôte (民宿。私が泊まったのは、農家のお家が多かったです。)に泊まるときは道に迷って困り果てたことも。

田舎を走っていると、絵に描いたような田園がずーっと続きます。

当時の愛車はフィアット。高速を走ってるときにいきなりボンネット全開になって目の前が真っ暗になったこともある、危険極まりない90年代のイタリア車でした。

それでも行ったことがない場所に行きたいという気持ちだけを携えて、時間があれば車を出しました。

サンシルクラポピーは、切り立つ崖の上にある御伽噺のような村。その美しさは評判ですが、フランス人すら訪ねにくい、アクセス困難な秘境にあります。

宿に到着すると、荷を解いてわずかばかりの洋服をクローゼットにしまい、化粧品を洗面台に並べてようやく人心地がつきます。夜ひとりで入れるレストランも少ないので、パンやハム、チーズを買って部屋で食事。パン屋の主人に笑顔をもらえたらラッキーってくらい、誰とも言葉を交わさない日もあります。今みたいに電子書籍もどこでもつながるスマホもない時代、何をするにもひとりぼっちで何しにここに来たのか自分でもわからない(笑)。名所旧跡もない、ありふれた町を散策しては、落ち着いて過ごせるカフェや公園ばかりを探してました。せいぜい数日しか滞在しないのに、「このままここで暮らすとしたら?」と脳内シミュレーションしてしまうのです。

当時は自宅にいても仮暮らし気分で、所持品は最低限。海外生活自体が旅のようなものだったので、週末や休日に出かけるのは、まるでマトリョーシカみたいな、旅の中の小さな旅。

アーサー王伝説に出てくるブロセリアンドの森と言われる場所を訪ねたときの写真。魔法使いや妖精や円卓の騎士といった中世の伝説に紐づけらていて、パワースポット的な観光地になってました。
湖面にのぞむお城が神秘的。観光地と言ってもひと気はなく、人ならざる者が出てきてもしっくりきそうな雰囲気です。


見たことのない景色のなかで、「もしかしたらまったく新しい生活がここで始まるのかも(始まらないけど)」と空想してみる。知っている人はいない、過去も役に立たない。とんでもなく大変そうだけど、すべてが新しくて、どこへでも行けそうな自在感。

その感覚は、とりもなおさずその時期の自分自身の気持ちだったのだと思います。20代半ば、それまでの人間関係をリセットして海外に来てはみたけれど宙ぶらりん。仕事もプライベートもどこに向かっているのかさっぱり読めない。とりあえず自由と時間はいっぱいあって、糸が切れた凧みたいに、圧倒的に孤独で不安な日々。

そんな毎日から逃れるように旅することは、「楽しい!」と単純にポジティブな気持ちとはかけ離れていました。どっちかというと骨が折れるし心細かった気がするけれど、抑えられない好奇心に背中を押され、「我が身ひとつでどこでも行ける」と確認することは、間違いなく当時の自分を支えていたんだと思います。

幾何の問題を解くときに引かされた、補助線ってありますよね。補助線を引くと、いきなり目が開けたように図形が把握できて爽快だったのを覚えています。子どものころから同じタイミングで入学、卒業し、就職する同年代に囲まれて、いつしか人生にも「普通」という補助線を引くようになっていました。

でもフランスの地方に暮らすと、同い年はおろか日本人もほとんどいない。SNSもまだなかったので、日本で友人が結婚したとかライフイベントを伝え聞いても、焦るというよりどこか遠い世界の話。日本に帰ったら浦島太郎みたいになっちゃうのかな⋯⋯とぼんやりしながら20代後半を送るうちに、いつしか普通線は消失していました。

今は当時と打って変わって、ひとりになりたくてもなれない生活。休日は、家族と過ごしたり、用事を片付けたりと、自分以外の誰かに明け渡すための時間になりました。

でもあのフィアットのハンドルを握る自分が今もどこかに眠っていて、旅へのあこがれが時折首をもたげます。暗闇に消えていく夜道でひとりきり。行き先が見えなくても、普通線を突っ切ってアクセルを踏むのはきっと、不安より希望が少しだけ優っているから。

そうやって一歩一歩前に進むというのは、旅は人生の隠喩ではないかと思うのです。だからやっぱりそんな、旅の中の旅がしたくなるのですよね。

昔のイタリア車は冷却システムがめっぽう弱いらしく、車の知識に乏しかった私は、それが原因で2年ほどでダメにしてしまいました。安いからという理由で譲ってもらった車だったけど、いつもいっしょに旅した相棒なので、廃車にするときは「ちゃんとメンテできず、ごめん⋯⋯」とわんわん泣きました。