【ケース2】セーターをうまく着られなかった女性


もう一つ、私が実際に接した、認知症のヤマモトさんのケースをあげたいと思います。 寒い冬の日、ヤマモトさんがセーターを着ようとしています。自分でタンスから取り出し、広げて頭を裾に入れました。ところが、そのあとがうまくいきません。セーターの首の穴に腕を通してしまい、どうしても着ることができないでいました。

ヤマモトさんは体にマヒなどの不自由はありません。それなのに、なぜ服を着られないのでしょうか。そこに至るまでの過程を想像してみましょう。

ヤマモトさんはなぜ、タンスからセーターを出すことができたのでしょうか。それは「セーター」の記憶が残っていて、「セーター=着るもの」「着るもの=タンスから出す」 のだと正しく認識できていたからです。

つまり、セーターそのものは正しくわかっていたし、衣類が置いてある場所もわかっていた、ということですね。この認識にもとづいて、ヤマモトさんの脳はセーターを着るための計画を立てます。

<これって、どうしたら着られるだろう?>

そう記憶に聞いてみたわけです。 ところがここで問題がありました。記憶障害のため、ヤマモトさんは「セーターの着方」を忘れていたのです。だから、どの穴に体のどの部分を通せば正しく着られるのか、わかりません。 結果、せっかく正しく開始された行為が「不可解な行動」になってしまったのです。 

トイレに行けない、服を着られない…認知症の人はなぜ「当たり前にできていたこと」ができなくなるのか_img2
 

よく見てほしいのですが、セーターのような服は、裾からかぶらないと着られません。 さらに「頭を通す穴」「左腕を通す穴」「右腕を通す穴」と決まっていて、それに「合わせる」、すなわち適応しないと、正しく身に着けられないようになっています。

 

ヤマモトさんはこのような環境のなかで、何とかセーターを身に着けようとしていました。環境に適応しようとしていたのです。ところが認知症でセーターの着方を忘れていたため、うまく着られなかったというわけです。