脚本家時代に書いたシナリオを、10年後に自ら監督することに


――監督は脚本家出身で本作のシナリオも手掛けていますが、初稿を書いたのはずいぶん前だそうですね。このタイミングでご自身がメガホンを取った理由を教えてください。

ホン:本作のシナリオを最初に書いたのは10年ぐらい前のことです。監督としてデビューする前で、脚本家として活動していた時期でした。今の制作会社の社長からシナリオ執筆を打診されたのがきっかけです。その後『オフィス 檻の中の群狼』(2016)で監督デビューしたタイミングで、本作の監督をしてみないかと再度オファーがあったんです。悩んだ末に引き受けることにしました。シナリオを書いたときは、まさか自分が演出をするとは想像すらせず、「誰が監督を務めるのか知らないけど、撮影は大変だろうなぁ」と思っていました(笑)。

――タイも舞台にしたスケールの大きい作品ですが、原点となったアイディアとは? また、シナリオ作成から完成までの10年間に韓国社会は変化したと思いますが、反映した部分はありますか?

ホン:初稿のベースとなっているのは、ある都市伝説です。共働きの夫婦が子どもを住み込みのヘルパーに任せていたところ、ある日、子どもとヘルパーが姿を忽然と消してしまう。子どもを探しに外国に行くと、ヘルパーが臓器売買関係者とつながっていたことが発覚する。事実かどうかわかりませんが、そんな怪談のような話がまことしやかに広がっていました。それをベースにシナリオを書かないかとオファーを受けたんです。

ただ、10年の間に、似たようなストーリーの作品が韓国でたくさん作られ、ヒット作も生まれました。ウォンビン主演『アジョシ』(2010)もその一つです。子どもを探すために奮闘する男性という設定は、もはや新しいものではなくなってしまった。差別化を図るために、レイというキャラクターをより強烈で際立つものにしました。また、トランスジェンダーのユイを登場させたのも、時代の流れに合わせた変化です。ユイは、終盤とても重要な役割を担います。

 

――脚本を担当した『チェイサー』(08)『哀しき獣』(10)をはじめ、ノワール作品を多く手がけています。監督が描く主人公は社会から疎外された人が多いようにも思われます。ノワールを撮ろうと思った理由、ノワールだからこそ伝えられることとは何でしょうか。

ホン:個人的にノワールというジャンルが好きなんです。ノワールが見せる世界観、つまり犯罪者の世界や彼らならではの原則があぶりだす人間の暗い内面。それは、わたしたちが生きる共同体のもう一つの面だと思います。