皆さん、こんにちは。梅津奏です。

前回アップした情けないブログ。ご心配くださった皆さん、ありがとうございました!

おかげさまで、腕の痛みはぐんぐん回復。大きくひねったり重いものを持たない限り、普通に生活できるようになりました。ご飯づくりもなんとかやってます。(ちゃんとしてますよアピール)

安静中のフリータイムはkindle&スマホとお友だち状態でしたが、徐々に紙の本も。単行本って意外と固いんだな~重いんだな~ということも実感した、束の間の怪我人生活でした。


怪我した夜、Podcastで『好書好日 本好きの昼休み』を聴いていて、紹介されていた本にびびっときたのですぐポチり。(kindleって本当に便利)

まとまらない言葉を生きる』(荒井裕樹/柏書房)

 

言葉の表層だけ切り取ったような空疎な問答を繰り返す政治の世界、合理主義の効率重視で何ごともざっくりとした言葉に押し込めようとする風潮……。「言葉が壊れている」「言葉が軽くなっている」という現代社会に対する問題提起からはじまるエッセイ集。障害者運動・反差別運動の中で生まれてきた「個人の尊厳を支えようとする言葉」を紹介しながら、私たちが見直すべき言葉の力について語られています。

「まとまらない言葉を生きる」荒井裕樹さんインタビュー 差別・人権…答えが見つからないものこそ言葉に(好書好日)

「わかりやすく要約しよう」「強い言葉でインパクトを出そう」

私たちは、そんなコンセプトを優先して言葉を扱ってはいないか。そんなことばかりしていると、いったい社会から何が失われてしまうのか。そんなことにしばし思いを馳せる読書時間でした。


最近ブログや「今日のモヤモヤ話」(毎週(月)更新しています)を書いていて、自分の中のアンビバレンスに気づきました。「色んな言葉を知って、森羅万象を分かりやすく言語化してみたい」という気持ちと「言葉にならないものごとを大事にしたい」という気持ち。

自分の中でこの二つがなぜ共存しているのか、ずっと考えていたんです。その答えが、この本を読んで少し分かってきたような。たぶん「自分の能力で実現できるぎりぎりまで言語化してみて初めて、『言葉にならないもの』の重さに気づける」ということなんじゃないかな。

人に比べたら「たくさん読み、たくさん書く」人間だと自覚していますが、本当にやりたいことはこれなんだということを忘れずにいないといけないですね。言葉一つ一つを軽んじて、読み飛ばす書き飛ばすモードに入ってしまったら、たどりつくところは私のイメージするところとはまったく違う場所になってしまうのではないか。ちょっと怖くなりました。

セルフイメージはいつもこんな感じなんですけどねっていう絵。年始のご挨拶をした、優しいお姉さんからのプレゼントです。見ていると幸せな気持ちになります。スヌーピーのコップに入っているのは栞です。

別に物書きになるならないという話ではなくて、言葉と共に生きる上で普遍的な議題なのではないかと思います。ざっくり言うと(という考え方がまた良くない)、「優しく生きる」ために必要な考え方なのではないかと……。

今日は、なんだかふわっとしたお話を書いてしまいました(笑)。週末は、良くなった左腕に感謝しながら、日本語の勉強をしようと思います♪

左から、『自家製文章読本』(井上ひさし/新潮文庫)、『日本語で一番大事なもの』(大野晋・丸谷才一/中公文庫)、『日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で』(水村美苗/筑摩書房)。
「手っ取り早く目を引く文章を書きたい」「ラフでフレンドリーな言葉を発したい」という浮ついた気持ちを一度フラットにしたくなる三冊。私にとっての「言葉のお目付け役」的な本たちです。読んでも読んでも、実はよく分からないんですけれど(笑)。でも、自分が日々扱っている日本語は、まだまだ学ぶ余地のある深遠な世界を持つものだと知ることは、なんだかいい気分になるものです。まだまだうまく使う余地がある、面白い道具。