言いそびれた言の葉たち。いつしかそれは「優しい嘘」にかたちを変える。
これは人生のささやかな秘密と、その解放の物語。
第19話 桜子さんにはなれなくて②
「ようし……完璧だわ」
結子は自宅マンションの鏡の前で、一人、試合前の柔道家のごとく怪気炎を吐いていた。
今日は教官として、新人CAたちに初めて会う日。
結局、押し問答はあったが、強面のわりに結子を転がすのがうまい部長に「どうしても」と頼まれては断れない。腰痛がひどくなった時に、負担の軽いポジションに異動させてくれたこともあり、長年勤めていれば会社に恩もある。そこらへんは昭和50年代生まれ、けっこう義理堅いのだ。
「ま、ここまで蓄積したCAの真髄、新人に伝えるのもこの私の役目かもしれないわね! びしびし鍛えてあげないと」
後輩CAの多くは、ドラマの『やまとなでしこ』を見て桜子さんに憧れた、と無邪気に話す。しかし結子がCAに憧れたきっかけは、小さい頃、夕方に見た再々放送の「スチュワーデス物語」。大きな声では言えないが、そのおかげで自分の訓練が始まると「ドラマで見たとおりだわ……!」といちいち感動。あまりの厳しさに脱落しそうになったこともあったが、OJTの最終審査で合格を告げられたときは感激でむせび泣いたものだ。
おそらく明日会う新人たちも、訓練初日、緊張のピークに違いない。
結子はその張りつめた教室に、毅然と入る完璧な自分を想像して、テンションを上げると部屋をあとにした。
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