言いそびれた言の葉たち。いつしかそれは「優しい嘘」にかたちを変える。

これは人生のささやかな秘密と、その解放の物語。

 


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第18話 「桜子さん」にはなれなくて①

 

「〇〇航空34便にてNYにご出発のお客様にご案内いたします。当便は使用致します機材の到着遅れにより、機内の準備にお時間を頂戴しております。新しいご搭乗予定時刻につきましては……」

深夜の搭乗ゲートは、人もまばらだ。それもそのはず、こんな状況で海外に行くのはやむにやまれぬ事情で飛ぶビジネスマンが多数。ギリギリの時間までラウンジにいるのだろう。

結子は、照明が絞られ、免税店も臨時休業中のうら寂しいコンコースをいっそう背筋を伸ばして歩いた。昨今ではCAの制服に合わせるヒールも低くなり、場合によってはスニーカーもOKなんていう外資エアラインもあるが、結子はコンコースを歩くときは7センチヒールと決めている。誰のためでもない。これが一番、結子の脚を美しく見せる。

大手エアラインのCAとしてフライトして今年でなんと20年。自分でもちょっと信じられない。おそらく乗客も、まさか結子がアラフォーだとは思いもしないはずだ。入社してから制服も代替わりして、入社してからもう3つ目の制服。そのことを後輩に何気なく話したら絶句していた。

今回の制服は妙に明るいベージュで、シニア組にはなかなかキツイと数少ない同期や先輩の間で悲鳴が聞こえたけれども、結子は別格だと自負している。

選りすぐりの美女が選ばれるCAカレンダーの登場回数4回。広報要員としてテレビに映り、保安映像でデモンストレーションすること2回。結子は長らく花形要員としてひっぱりだこだ。自分で言うのもナンだが、仕事もデキルので地上に降りて広報や人事採用をしてほしいと打診を受けてきた。

それを全部断ってきたのは、フライトが好きだから。このスカーフが、制服が、結子の原点で誇りの象徴だ。

――CAたるもの、移動中だって夢を壊しちゃいけないわ。制服を着てるときはフライトと同じ。空港だって気は抜けないもの。

一層背筋を伸ばして習慣的に口角を上げた結子に、そのとき予想外の声がかけられた。