不器用さゆえの、行き違い
――うう、この扉を開けたら、久住さんがいたら、どうしよう?
結子はもう3分も、洋二の店の前で逡巡していた。
久住と最後に会ったのは3週間前。彼が元カノだか元奥さんだかの電話を受けていた日が最後だ。あの日も、長々と店の外で電話をしている久住が店内に戻る前に、結子は会計を済ませて飛び出した。それが気まずい。さすがに久住も、挙動不審な女だと思ったことだろう。感じが悪いと思われたかもしれない。
結子は覚えていた。数ヵ月前に、久住が話してくれたエピソード。彼が新聞記者になったばかりの頃、泣きながら弱音を吐いたという元カノを、「サヤ」と呼んだ。そして3週間前の電話の相手の表示も「紗矢」。久住の律儀で真面目な性格からして、社会人になりたての頃の彼女は、その後、奥さんになったのではないか。
そして、久住が今でも後悔している、「新聞記者の仕事に没頭するあまり、傷つけた大切なひと」とは彼女のことに違いない。
「こ、こんばんは~。今夜も寒いですね」
いい加減に体も冷えてきた。迷っていても仕方ない。結子は意を決して店の中に入った。
「あれ、結子ちゃん! 久し振りだね、忙しかったんだね。惜しかったなあ、さっきまで久住さんがいたんだよ」
「ええっ!? でも私、しばらくお店の前にいたんだけど」
「10分くらい前かなあ、最近結子ちゃんがお店に来ないから、すごく心配してたよ」
「……洋二さん、私、ちょっと、あの、またあとで来るね」
結子が踵を返すと、洋二はにやりと笑って「今日は来なくていーよ。また今度、二人でおいで。久住くん、駅のほうに歩いてったよ」と言った。
結子はぺこりと頭を下げると、走りだした。最寄りの泉岳寺駅までは5分ほどだが、大通りの左右の歩道は離れているので、行き違った可能性もある。左右を一心不乱に確認しながら、結子は久住の姿を追った。
Comment