言いそびれた言の葉たち。いつしかそれは「優しい嘘」にかたちを変える。
これは人生のささやかな秘密と、その解放の物語。
第21話 桜子さんにはなれなくて④
「それで、その訓練生の親御さんは、本当に乗り込んで来たんですか? 23歳の娘の会社に? 訓練が厳しすぎるって?」
いつもの小料理屋は、幸運なことに結子と久住だけ。そのせいか、いつも聞き役の久住も少しばかり饒舌だ。結子は、そんな親密な雰囲気にどきまぎする余裕もなく、負け試合後のボクサーのようにうなだれた。
「来たんです、本当に。しかも至極本気でおっしゃってました。『長年あなたたちの航空会社を利用させていただいている者ですけど。厳しく精神論を唱えることは時代に合っていないんじゃないかしら』って。その精神論で、サービス品質を保ってきたんですけどね……。マイレージの最上級ステータス会員証、わざわざお持ちになってました」
「ははは! そりゃすごいね、なんか視点と立場がねじれてるよ、それ」
結子が涙目でビールをぐびっと飲むと、今日は隣に座っている久住が「災難でしたね」と、ポンと肩をたたいた。触れられた場所から、じんわりと温かさが広がった。
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