言いそびれた言の葉たち。いつしかそれは「優しい嘘」にかたちを変える。
これは人生のささやかな秘密の、オムニバス・ストーリー。
第28話 42歳、美容医療にハマる②
「優子先生は、どうしてそんなにキレイなお肌なんですか? やっぱり、あらゆる施術を試されてるから……?」
昼下がり、自由が丘の美容クリニックは「ひマダム」と里香が内心で呼ぶ、時間がたっぷりある優雅な女性が集まっている。里香が友人の美容ライター・夏美の紹介で通い始めたクリニックも、完全予約制ではあるが数人の患者と待合室で顔を合わせる。皆、マスクでもわかるほどに素肌がキレイで、それがこのクリニックの効果を表しているようで里香はますます楽しみになる。
夕方や土曜日の予約は1カ月先まで埋まっていたが、フリーライターの特権、平日の昼間であれば案外予約を取ることができた。そんなふうに優雅な女たちに交じって自分に手をかけるというのは、里香にとってなんとも自尊心が満たされる時間だった。
「フフ、ありがとうございます。でも患者様のことで忙しくて、自分ではあまり……。食べるものには気を付けて、睡眠は充分にとるようにしています」
このクリニックの主である女医の優子は、里香が最近時々打っているボトックスの注射を用意しながら、嫣然と微笑んだ。食べ物と睡眠でそんな美貌が手に入るなら、このクリニックに来る必要はない。きっと特別な施術をしているのだろう。夏美にきいたところによると、彼女は44歳の夏美よりも年上らしい。
里香はもっとクリニックに通って、彼女が勧めるメニューをこなしていこうと思う。「施術者の顔」というのはある意味ゴールイメージの共有なのだ。医師がどのような美を目指しているのかは、女医の場合、彼女の顔を見るのが一番早いと里香は思う。
優子は、まったく不自然さを感じさせない清浄で滑らかな肌で、にっこりと笑った。
「さあ準備ができました、里香さん、ベッドに横になってくださいね」
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