言い方が悪いと通らない、言い方が良ければ吟味されない


「あんたが言いたいことはわかるけど、その言い方じゃ伝わらない」と、幼いころから母親に言われ続けて生きてきた私ですが、この年になって「トーン・ポリシング」という言葉ーーつまり「内容でなく言い方を責めることで、議論をすり替えまぜっかえすこと」ーーを知り、ああ私の納得のいかなさってこれだったんだなと、ン十年来のモヤモヤがクリアになったわけですが、同時に「ってことは……」と日本社会にありがちなあることにも気づくことになりました。「トーン・ポリシング」がまかり通る日本は、裏を返せば「言い方が良ければ、内容は意外と吟味されない」ということ。ええ、岸田首相のことです。感情的な安倍さんとモゴモゴの菅さんがあまりに「ダメだこりゃ」だったせいで、なんとなくまともに見えてしまう岸田さんですが、「重く受け止める」「議論を重ねる」「努力を続けたい」とかもっともらしい受け答えをするだけで、実質何も答えないことばっかり。こちらの記事(『首相「ゼロ回答」に終始 補正案衆院通過 野党、参院で追及へ』/毎日新聞)によれば自民党の幹部が「首相はよくやってる、何も言ってないのがいい」って言ってるそうですが、ええと、よくやってるって、何を?

給料上がらず、物価上昇。今すべき経済政策がなぜ「一億総株主」なのか?_img0
写真:AP/アフロ

こういう状況を最も冷静に判断するには、「もしあなたの会社のあなたの部下もしくは仕事を依頼した業者が、こんなだったらどう思うか」と置き換えてみるのが一番です(そもそも政治家って、国民にとって「先生」じゃなくそういう存在なんで)。新入社員の岸田君だけどよくやってるよね、「やる」とか「やらない」とか「どんなふうに対処する」とか、そういうのを何も言ってないのがいいね。初めて仕事頼んだ岸田企画だけど、よくやってるよね。仕事どうなってる? ここ困ってるんだけど、どうするつもり? って聞いても、具体的な答えが何も言わないところがいい。「一億総株主」で「所得倍増」とか、お馴染みのフレーズをちょっとアレンジしたキャッチコピーも刺さるよね~。次の業者選定も彼のとこに決まりだろ! ……って、なるか、なるんか日本。

 


深刻な人口減と高齢化を抱える秋田県のとりくみ


書くのが面白くなってきちゃって枕を長々と書いてしまいましたが、なんて言ったらいいんでしょうか、岸田さんの経済政策「一億総株主」……ええっと、これってウケねらい?「お約束~!」とか言いながら笑えばいいの? 「一億総玉砕」から脈々と続く全体主義風味に加え、「一億総活躍」からの「一億総株主」。あまりのオリジナリティのなさに苦笑いですが、逆を言えばその凡庸さこそが安心という日本人も多いのかもしれません。

さてそんな「岸田的安心」の真の姿を理解するために、私が今回注目したいのは秋田県です。秋田県は、47都道府県の中で最も高い人口減少率(9年連続)と高齢化率(38.5% 総人口に占める満65歳以上の方の割合)で知られています。ちなみに高齢化率は38.5%で、人口は現在、同県の平成元年の人口の約75%。

人口減少は端的に言って税収が減るってことですから、まずはとにかく無駄をカットすることが必要です。ってことで秋田県が維持管理費のかかる老朽化した公共施設、いわゆる箱モノを閉鎖&集約し、面積ベースで7割減らした、というのがこのニュース(『公共施設、集約でコスト減 秋田の自治体7割で面積圧縮』/日経新聞)

これと同時進行で秋田県がリードしているのは、いわゆるパートナーシップ制度の導入で、全県で導入している全国で8県のうちの1つです。施設の閉鎖と統廃合も、保守的な東北におけるLGBTQの権利拡大も、それなりの軋轢を覚悟しなければ導入できない政策だと思います。それはつまり「そんなこと言ってる場合じゃないほど人口が減ってる」ってことなのでしょう。人口の問題は「減った!ヤバイ!増やそう!」では解決しない、20年30年先を見据えて取り組まないといけない問題です。「もし」の話に意味はないかもしれませんが、「もし秋田県が30年前に何か手を打っていたら……」ってのは当然あるわけです。

ええと、なんで秋田県の話をしてるかっていうと、内閣府の発表している「高齢化の状況と将来推計」によれば、約30年後の日本全体が、今の秋田県とそっくりだからです。人口は現在の約7割で、高齢化率は約38%。人口推計は比較的予測しやすいもので、戦争や疫病などがあれば悪くなる可能性こそあれ、大胆な政策転換がなければ劇的に良くなることはありません。人口が減るということは労働者が減り、企業活動が衰えて税収は減り、GDPが減り、防衛費2%だったはすがかつての1%より低くなり、国力が衰え、円が弱くなり、外国人労働者は入ってこず、逆に優秀な人は(もしかしたらそうでない人も)外国に出て働くようになり、貧困する若者は上の世代を支えるどころか、自分が社会保障のお世話になるしかなく、当然ながら社会保障費は上がり、それを補うための税金が上がり……みたいな考えただけでも恐ろしい世界が展開します。

さてそんな「秋田県の30年前」にいる日本で、もっと言えば財政赤字が先進国最悪のGDP比250%という日本で、今すべき経済政策がなんで「一億総株主」なのか。どこぞの首相が「下請け企業」である日銀に買い支えさせた株価を、今度の首相は「自社株購入」的に国民に買い支えさせる腹積もりなのかもしれません。「目先のことばっかり」がせめて「国民の目先のこと」であればまだいいけど、給料は上がらないまんま、物価は高いまんま。零細企業とフリーランスの倒産・廃業の続出が目に見えているインボイス制度もやる気満々。

ちなみに秋田県は人口10万人当たりの自殺者数、出生率減少ランキングも常に上位で、「戦後最も若者が減り、出産も減った県」とする地元新聞の記事によれば、その根本には20代女性の流出があるとしています


写真/shutterstock

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