仕事以外の時間はすべて英語の勉強に


半年間、気の向くままに世界各国を巡り、さまざまな人と交流を重ねたという山田先生。その日々は貴重な経験でしたが、次第に募っていったのは「病院に戻って仕事をしたい」という思い。仕事から離れることで、医師が自分の天職であることを再認識したのでした。

「その一方で世界の広さを肌で感じ、自分の未熟さを痛感しました。特にヨーロッパはEUになって国の隔たりが少なくなり、どの国の若者も英語を話し、国境を越えて仕事をしている。英語もろくに話せずくすぶっている自分の殻を破るには、国の外で戦うことが必要だと感じたんです」

旅から帰国した山田先生は「2年後にアメリカに行く」と決め、病院に勤務しながら英語の勉強を開始。勤務時間外のプライベートをすべて英語の勉強にあてる日々は「本当に苦しかった」と言いますが、有言実行で32歳の時にアメリカ医師国家試験を経て渡米します。

アメリカでの研修医時代、ともに働いた研修医たちとの仕事後の楽しいひととき。

そして、ニューヨークにあるマウントサイナイ医科大学の関連病院で約3年の研修期間を過ごし、2018年に米国内科専門医の資格を取得しました。

しかし、いよいよこれからだ、と決意を新たに足を踏み出した時、ある知らせが届く。父親が体調を崩して入院したというのです。

「アメリカで医療に従事したいという思いは強くありました。でも、いつも背中を押してくれた父が初めて『帰ってこないか』と弱音のようなことを言ったんです。ずっと尊敬してきた人ですから、万が一何かあって後悔はしたくない。きっと私には日本でやるべきことがあって帰る運命なんだとポジティブに捉えて帰国しました」

 

日本に戻って気づいたある違和感


山田先生は再び日本の総合診療の現場で働き始めた。しかし、診療にあたるうちに日本の高齢者医療に対して違和感を覚えるようになったのだとか。

「体力や体質には個人差があるし、価値観も人それぞれ。60代で介護が必要な人もいれば、90歳でも足腰がしっかりしていて自立した生活をおくっている人もいます。それなのに、90歳という年齢だけで『この治療は無理だろう』と医師が判断してしまうケースが非常に多かった。果たしてそれで患者さんを尊重できているのだろうか。診療を重ねるほど私の違和感は強くなっていきました」

このモヤモヤした気持ちを解決するために老年医学を学びたい。山田先生は父親の職場復帰を機に、老年医学の研究が進んでいるアメリカに戻ることを決意。そして、マウントサイナイ医科大学の老年医学・緩和医療科の面接を受け、2020年に再び渡米しました。

NYの街角で。仕事の合間、クリニックから病院への移動中。

「マウントサイナイ医科大学は老年医学の分野では全米トップクラス。ここでの診療は目から鱗が落ちるものでした。日本のように年齢で決めることはなく、身体機能や認知機能など全体を見たうえで、その人に合った治療を選択するということが当然のように行われていたのです」

「自分の考えは間違っていないと確信できた」と話す山田先生。新著『最高の老後』で紹介した最期まで元気に生きるための「5つのM」もアメリカで学んだことです。

小児科はあるのに、なぜ老年医学科は少ないのか


しかし、日本には老年医学の専門科を置く病院も、教える大学も非常に少ないといいます。だから著書には、悔いのない生き方をしてほしいという読者への思いとともに、医療関係者に高齢者医療への認識を見直してほしいという思いも込めています。

「子どもに特有の問題があるように、高齢者にも転倒や排尿障害といった特有の問題があります。それなのに小児科があっても老年医学科はない。高齢化社会にもかかわらず、必要性が十分に認識されていない日本の高齢者医療に危機感を覚えています」

また、アメリカにいながらSNSなどで医療情報を積極的に発信したり、オンラインでの講演会やレクチャーを通して医師の教育に携わったりするのも日本を思ってのこと。

「今はアメリカにいますが、医師としての技術と志を育ててくれたのは日本です。だから、日本の患者さんの力になれないことにもどかしさを感じていました。でも、私の記事やSNSを見て病院に行ったら病気が見つかった、というコメントをいただいて、かたちは違っても誰かの助けになれる可能性に気づいた。一人でも多くの健康に寄与していくために、より知識を吸収し、これからも発信を続けていくつもりです」

フェローシップ(専門研修)の卒業式で、同僚のフェローたちと。

<新刊紹介>
『最高の老後 「死ぬまで元気」を実現する5つのM』

著:米マウントサイナイ医科大学 米国老年医学専門医 山田悠史
定価:本体1800円(税別)
講談社

6月24日発売 ただいま予約受付中!
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高齢者の2割には病気がないことを知っていますか?
今から備えればまだ間に合うかもしれません。

一方、残りの8割は少なくとも1つ以上の慢性疾患を持ち、今後、高齢者の6人に1人は認知症になるとも言われています。
これらの現実をどうしたら変えられるか、最後の10年を人の助けを借りず健康に暮らすためにはどうしたらよいのか、その答えとなるのが「5つのM」。
カナダおよび米国老年医学会が提唱し、「老年医学」の世界最高峰の病院が、高齢者診療の絶対的指針としているものです。

ニューヨーク在住の専門医が、この「5つのM」を、質の高い科学的エビデンスにのみ基づいて徹底解説。病気がなく歩ける「最高の老後」を送るために、若いうちからできることすべてを考えていきます。


インタビュー/中川明紀
構成/松崎育子(編集部)

 
 
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