世界的な写真家の田原桂一氏と、梨園の妻であり母であった博子さんの「不倫の恋」を実名で描いた小説『奇跡』が話題の作家・林真理子さん。常に第一線で活躍し続け、時代を切り拓いてきた林真理子さんとスタイリスト大草直子さんの特別対談が実現。
長く仕事を続けていく上で心がけてきたこと、インプットの源について伺います。
何歳からでも挑戦はできるけど、下積みは大事
林真理子さん(以下、林) 博子さんは本当に凛とした女性なんですよね。こうと決めたら一直線、だけど決して自分勝手にはならず、誰よりまわりに目配りしながら貫きとおす。なかなかできることじゃないけれど、もともとは踊りで身を立てたかった人だから、修行するということに慣れていたのかもしれないと思います。10代のころから、なんとなく生きるということはしていなかっただろうし。何歳でも新しいことに挑戦することはできるけど、やっぱり下積みって大事ですよ。50歳になっていきなり輝こうと思っても、基礎がなければむり。スタイリストも、50歳を過ぎた新人なんていないでしょう?
大草直子さん(以下、大草) そうですね。そもそもスタイリストというのは、38歳をピークに仕事が減っていくのが普通だったんですよ。夜通し現場にいなきゃいけないこともあるし、立ったまま寝ているアシスタントがいるくらい過酷ですから。40歳を過ぎたら、女優さんの専属スタイリストになるか、衣装やお洋服をつくる側になるか、ほかの道を探れないなら仕事をやめるしかなかった。それじゃ困る、生活していけなくなる、と思って、ずっと働き続けるにはどうしたらいいかというのは、若いときから考え続けていたような気がします。
林 書く仕事はまだ歳をとってからもできるし、還暦近くで小説を書いて賞を獲った方もいらっしゃいますけど、稀なケースだと思いますよ。時代をキャッチする力、そしてそれを継続する力というのは、一朝一夕には養われない。私が20代だったバブル期には、スター的存在のヘアメイクさんやスタイリストさんがたくさんいたけど、いなくなってしまった人のほうが多いですからね。漫然と働いているだけでも、やっぱり、続けていけない。
「ママがすごいのはマーケティングに走らないところ」
大草 一つひとつの仕事に対して、100%の結果を出しているだけでは次がないかもしれない。常に120%以上のものを見せていかないと、続かないかもしれないと、自分を追い込みながら走り続けてきたところは、確かにあります。そういうときに大事なのも、やっぱり「Ⅰ」で考える……主語を常に「私」にするということなんですよね。自分がこれだと信じられるものを貫き続けるということ。「ママがすごいのはマーケティングに走らないところだよね」と娘に初めて褒められたのですが(笑)、データ分析やこれまでの法則みたいなものに頼るのではなく、自分の肌感を大事にするようにしているんです。
林 作家も、マーケティングに頼っている人はだめだと思いますね。編集者から「こういうのが流行っているからやりましょうよ」と言われても、私は絶対、乗らない。『不機嫌な果実』が売れたときは、また不倫ものを書きましょうと別の出版社から声をかけられたりもしたけど、やりませんでした。
大草 『不機嫌な果実』大好きでした。林さんは、どんなふうに題材を見つけるんですか?
林 私が好きなのは女性誌の投稿欄。親の介護について書かれているのを見て、介護をテーマにするのもありだな、とか。ただそれは「介護についての投稿が多いってことはイケるかも」とかそういうことじゃなくて、私自身が親の介護を通じて肌で感じたことを文章に乗せられるという予感が生まれるから。姑や舅にこんなことを言われた、夫がこんなことをしでかした、みたいな話を読むのも好きなんですが、それもそのまま使うのではなく、自分の感覚を呼び覚ますためのきっかけやヒントになる、という感じです。それがたまま時流と合致するということはあると思いますけどね。そういう自分の感性、個性を磨くことを若いうちからしておかないと、50代になってから誰も寄ってこないつまんないおばさんになっちゃう。
大草 それは本当におそろしいことですね。
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