言いそびれた言の葉たち。いつしかそれは「優しい嘘」にかたちを変える。

これは人生のささやかな秘密の、オムニバス・ストーリー。

これまでの話咲月(36)は、羽田空港のグランドスタッフ16年目、1人暮らし。給与3割カットのコロナ禍からようやく回復の兆しが見えてくる。そんなある日、大阪行きのフライト全便に予約を入れて、直前でキャンセルする男・秋野 律(33)を発見。話すうちに、彼が別れた彼女・相澤志保(37)にプロポーズするために空港で待っていることを知る。
 


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足りない大阪行き最終便の座席

「冷静と情熱のあいだ」作戦に失敗した男。空港スタッフが彼についた「小さな嘘」とは?_img0
 

 「さあ伊丹行き最終便、30人のオーバーブッキング。搭乗手続き締切まであと5分で、残り20席、チェックインしてない人は28人。席が足りなくなるかどうか……ギリギリの線ね」

カウンターの責任者である咲月は、難しい判断を迫られていた。

飛行機というのは、実際の座席数よりも少しだけ多めに予約をとることが多い。「予約を入れても実際には搭乗しない旅客」が一定の割合でいるためだ。ビジネス客が多い伊丹や札幌では、できるだけ満席で飛ばすために、長年のデータを解析し、予約をしても乗らない旅客数を予測し、その分多めに予約をとる。

しかし、多少の誤差はつきもので、その結果座席数が足りなくなった時は、咲月たちグランドスタッフの手腕に頼ることになる。

「うーん、募りますか、明日のフライトにしてくれる人」

後輩で、今日のカウンターで咲月の補佐に入っている優子が画面を睨んで腕を組む。座席が足りなくなりそうな時は、グランドスタッフの判断で、次便に振り返る旅客を募るのだ。

「でも最終便だから振替は明日になる。協力金1万円を数人分準備して、とりあえず希望者だけでも募っておこうか。ギリギリ行けるような気がするけど、際どい。あと4分か」

咲月と優子が頭を悩ませていると、カウンターに一人の男が近づいてきた。

「すみません、伊丹の最終、二人、キャンセルします」