今年1月に出版されて以来、ロングセラーを続ける話題作『誰かがこの町で』。コロナ下のマスク警察などにも通じる「集団内の同調圧力」がテーマで、第66回江戸川乱歩賞後の第一作目にもかかわらず大きな反響を呼んでいます。『つけびの村』の著者であり、裁判傍聴を続けてきたフリーライターである高橋ユキさんが、本作を読み解く特別寄稿です。


マスクはそろそろ外してもいい、と言われるけれど。


昨年、取材で網走に行った時、タクシーの運転手さんが「網走のいいところも見て帰ってください」と、観光モードになった。かなり強引だったが、私もそんな気分になってみようと気持ちを切り替えることに。連れて行かれたのはオホーツク海が一望できる能取岬。平日の昼下がりだったこともあってか、人ひとりいなかった。

タクシーから降り、景色に見惚れながら写真を撮っていると、運転手さんが笑って言った。

「ここならマスクを外しても大丈夫ですよ!」

 

だたっ広い場所に、私と運転手さんのふたりだけで、あの世はこんな景色だろうかと思っていたところだ。でも自分がマスクをつけていることは忘れていた。すでに私の中ではマスクは下着と同じくらいの“当たり前”アイテムと化していたからだ。おそるおそる外してみたが、なんとなく悪いことをしているかのような……変な気分になる。そうこうしていると、数100メートル先くらいに、別の観光客の車が見えた。やばい。そう思ってまた、マスクをつけた。ビビりすぎだ。一体何をやっているのか。

 

ようやく最近になって、マスクはそろそろ外していいのではという報道もあるが、いや、だめだという報道もある。どうすればいいんだよ、とTwitterで関連ニュースを検索してみると、感想とともに、目に付く単語があった。「同調圧力」だ。

コトバンクで調べてみると「集団において、少数意見を持つ人に対して、周囲の多くの人と同じように考え行動するよう、暗黙のうちに強制すること。」とある。マスクに関して言えば、いざ外してもいい、ということになっても、皆が外さなければ外さない……そんな動きがおそらく「同調圧力」というものだろう。