舞台が好きな理由は「いつもゼロから始まる」ところ

 

ーー最終的に何が選ばれたのか、完成形を劇場で確かめるのが楽しみです。

 

作品ごとに大事にされることって違うんですよね。どんな作品も空っぽの稽古場から始まって、いつの間にかその作品、その座組の色合いが生まれてきて。自分もみんなもだんだんそれに染められていって、目指す方向が決まっていく。その過程がとっても楽しいんです。私たちの『しびれ雲』もまさにそこへ向かわんとしている最中なので、今が一番楽しい時かもしれませんね。劇場で皆さんに観ていただくのはこの楽しい悩みの着地点なんだと思うと、感慨深いですね。 

ーー何が大切かを一つひとつ選びとっていくことで、だんだんと色合いが決まっていく。それは人生にも置き換えられる気がします。緒川さんが作品選びやお仕事のしかた、大きな決断を下す時に大切にしようと決めていることはありますか。

そうですね。なんでしょう......、遡って 20代、30代の頃、自分はまだこれからどこへでも向かっていける、一方でどこにたどり着くのか分からない、という若者ゆえの感覚を持っていた時は、この職業の持つ“受け身”であることの面白さと怖さが、とても大きく立ちはだかっている感じがしたんです。 

受け身とはいえ、やはりいただくお仕事に対して、内容を聞いてすぐ「やりたい!」と思えることもあれば、あれこれ考えた末に「やってみたい」という思いにたどり着くこともあり、自分の心の問題やタイミングによる温度差はありました。スケジュールの都合などで、時には諦めなくてはいけないこともある。若い頃は、そうしたひとつひとつをすごく重い選択のように感じていたんです。でも今は大抵、「なるようにしかならない」というような気持ちでいます。 

なるようにしかならない。この言葉の中に含まれる巡り合わせとか出会いといったものが、人生、つまり自分が人間としてどう生きていくのか? ということと、若い頃よりも重なり合う部分が多くなっていると感じるんですね。 

 

そういう中で、私が舞台の仕事がとても好きな理由は、いつも“ゼロ”から始まるところです。それは新作書き下ろし作品に限った事ではなくそう思います。ひとりの役者として、自分がさほど変化できず足掻いていても、共演者の方との組み合わせの力や演出の力で、思わぬ変化を促してもらえます。

急に高い積み木を積み上げるわけにはいかないですものね。小さなパーツをあれこれ皆で作る所から始めて、一つひとつ積み上げていくことでしか最終地点に到達できない。私にとってはそこに自分のペースや情熱、集中力といったものを傾けやすいんです。そこにはあがき、苦しみながらも創作の喜び、楽しみがあるし、そのための時間も与えられる。そのことがすごくありがたくて。

自分にとっての仕事は、そういうことなのかなって。「こうありたい」という理想より前に、まずは「目の前のものをどうしようか」ということに悩んで、その先に結果があるという当たり前のことがとても楽しいし、そういうところに今の自分の仕事に対する姿勢もあるのかなって思います。